働き方

通勤している暇はない 一過性のテレワークなら「日本沈没」

 【ニュースを疑え】

 新型コロナウイルス感染対策として多くの企業が在宅勤務などのテレワークを導入した。一過性なのか、「新しい日常」として定着するのか。神戸大の大内伸哉教授は人工知能(AI)の進歩などによる産業構造の転換にテレワークを位置付け、「一過性で終われば日本は沈没する」と警鐘を鳴らす。会社に通勤するという当たり前のスタイルは、歴史の曲がり角を迎えつつあるという。(聞き手 坂本英彰)

 --接触を避ける緊急避難的に広がったテレワーク。今後はどうなりますか

 「一過性では終わらないとは思います。単に会社でしていた仕事を在宅でするというだけではなく、場所や時間にこだわらない自立したテレワーク的な働き方が、いま起こっている産業構造の大転換と密接に結びついているからです。だからもし一過性で終息するようなことになれば、日本はおしまい。古い生産体制や技術体制にこだわりがなくしかも勢いのあるアジアの国々に、取り残されていくことになるでしょう」

 「そもそもテレワークは、1970年代にアメリカで情報通信機器の発達に伴って出てきました。日本では1990年代から徐々に入ってきましたが極めて少数のままでした。多くの企業は業務体制を見直してまで推進しようとしてこなかった。適した仕事がなかったこともあるのかもしれませんが、必要性を感じていなかったことが主たる理由でしょう。いまはコロナ対策で取り組んでいますが、歴史的なスパンで現象を見ると別の側面が浮かんできます」

 --どういうことですか

 「それが産業構造の転換なのです。AIやロボットの急速な進歩で今後、仕事の大部分で機械化、自動化が進むことは確実です。データを活用できるような定型的な業務は、AIの方が人間より迅速かつ正確な処理ができる。銀行業務でも弁護士の仕事でも、実はかなりの部分がこうした定型的な業務であり、なかにはチャットボット(自動会話プログラム)でも代替できるものもあるのです」

 ものづくりも核は情報

 「そうすると人間に残されるのは知的創造分野、情報を作り出す頭脳労働です。こういう仕事は会社に集まってする必要がない。テレワークが増えないということは、新しい時代に対応した仕事をする人が少ないということであり、そんな状況になると日本は暗いということなのです」

 --日立製作所は在宅勤務を標準化する方針を発表した。工場を持つ製造業企業が、テレワークに積極的なのは興味深い

 「それも産業構造の変化です。日本を代表する製造業であるトヨタももう、ものづくりで稼いでいくとは言わない。自動運転で重要なのは車体本体よりもむしろ情報であり、街全体をITでつなぐスマートシティーという、次世代都市構想にも乗り出した」

 「工場はあってもロボット化が進むと、人間の関与は少なくなっていく。ものを作る企業としては製造業だが、核となるスキルは情報やデジタル関係です。そういう仕事が中心ならテレワークでいいし、成果を出しさえすればよいので、働く時間や場所も自由に選ばせてもらったほうがいい」

 --伝統的な働き方とはずいぶん違う。意識の変革が必要ですね

 「たしかにこれまでの働き方とはずいぶん違う。しかし、忠誠心の高い若者を抱え込んで自前の優秀な労働力を作り上げるという日本的な雇用文化も、歴史的にはそれほど長いわけではない。始まったのは第一次世界大戦後ぐらいで、花開いたのは1960年代ごろからです」

 「ただそれが戦後の高度成長期にピタッとはまり、世界ナンバー2の経済大国になった。大成功したわけです。日本企業の人材育成能力はすさまじく高く、歴史的には高く評価されるべきです。ただそれは過去形となりました。企業が教え込んだ知恵はかつては相当年数通用したのですが、いまはAIの導入で変化が速くそういう前提がなくなってきている」

 自由な人間でいるために

 --具体的にはどんなことがありますか

 「銀行の融資でも支店長が長年培った経験をもとに何日もかけて行ってきたことが、数分でできてしまう時代です。新聞記事もAIが書き始めている。教え込むスキルがすぐ使えなくなる、育成の意味がなくなっていくんです」

 --企業が担ってきた人材育成は個人の責任になるのですか。それは個人にとっても厳しい時代ですね

 「大変と言えば大変ですが、考えてみてください。自由な人間でいるためには当たり前のことなんです。労働法は産業革命が進んだ19世紀の欧州で、指揮命令されて働く労働者を保護することを目的としてできてきた法律です。ここで想定されていた労働者というのは、指示通りに経営者の手足となって動くいわば奴隷の言い換えです。だから会社の考えに従って訓練され、上からの命令された通りに働く方がいいというのは、奴隷がいいというのと同じなのです」

 「人に教えられるようなことは、すでに創造的なものではありません。何を生み出すかは自分でしか考えられないし、自分が考えなければ人との差がつかない。通勤とか無駄なことをしている暇はない、自己研鑽(けんさん)に時間を使わなければという意識が出てきてもおかしくはない」

 --自由を得るということは優しくはないのですね

 「政治思想家のハンナ・アーレント(1906~75)は、人間にとって大切なのは政治的な活動であり、生きるために必要な労働は本当は奴隷の仕事なのだと言いました。アメリカの建国の歴史でも、職業的に自立した人々が民主主義を支えるという考えがありました。仕事にエネルギーを取られて政治に関心を持たない雇用労働者ばかりの社会は、民主主義にとってもよくないでしょう。技術の発達により、かつての奴隷的な仕事はロボットなどに取って代わられる時代になってきたのですから、それはうまく活用すべきだと思います」

 --障害者にとってテレワークは福音ですね

 「移動が困難な人たちには確実に、働く可能性を広げます。障害とは可変的な概念であり、技術の発展や社会が求めるものによって変わってくる。テレワークが可能となると、車椅子であるとか、対人関係に問題を抱えることなどが障害でなくなる可能性がある。むしろ知的創造性が求められる時代には、創造性がないことのほうが障害だということになるかもしれません」

 コロナ状況は黒船

 --ところで大学でも急に、オンライン授業を導入し始めましたね

 「この数カ月ずっとオンライン授業で、私はこの状況に満足しています。ゼミでは学生が全てパソコンの画面上にいて、むしろ学生との距離感が縮まっている感じです。授業というのはある種、情報の交換のようなものですが、オンラインのほうが、学生とより密にそうした交換ができる感じです」

 --将来を担う若者たちは、テレワーク的な働き方をどう感じているでしょう

 「調査したわけではないが、若者たちは前向きに評価しているんじゃないかと思います。もともと平成時代を通じて若者の個人意識が高まり、会社のために滅私奉公的に働いても幸せになれないと、昭和的な働き方に疑問を持ち始めた。自分の時間や価値観を大切にした働き方、生き方をしたいといった流れがあったなかで今回、コロナ感染の拡大によるテレワークがどーんと来たのです」

 --コロナは社会を変えるというより、すでにある動きを加速させるのですね

 「テレワークへの流れは不可逆的だが、10年はかかると思っていたことが一挙に現れている感じがします。外圧がなければ日本はなかなか動かない。コロナウイルスでもたらされた状況は、黒船が来て変えろといわれているのと同じ。この状況を生かせなければ、日本は沈没するというくらいの危機感を、私たちは持たなければなりません」

 【プロフィル】おおうち・しんや 神戸大大学院法学研究科教授 昭和38年11月、神戸市生まれ。東京大法学部卒、同大学院法学政治学研究科博士課程修了(博士)。技術革新と労働政策を研究。近年のテーマは、AIの活用やデジタル化がもたらす雇用への影響や、テレワークなど新しい働き方の拡大に伴う政策課題。著書に「会社員が消える」(文春新書)など。

 【ニュースを疑え】「教科書を信じない」「自分の頭で考える」。ノーベル賞受賞者はそう語ります。ではニュースから真実を見極めるにはどうすればいいか。「疑い」をキーワードに各界の論客に時事問題を独自の視点で斬ってもらい、考えるヒントを探る企画です。