ミラノの創作系男子たち

「生き方に艶がある」高級ブランドのクリエイティブディレクター~女子編

安西洋之

 ミラノ音楽院に近いアンナ・マリア・コンティチェッリの自宅は建物の最上階にあり、リビングルームの3分の1の天井はガラスで、その上には青い空が広がる。その空間のもう一方にはテラスがあり、緑と香りに溢れている。

アンナ・マリア・コンティチェッリ氏
アンナ・マリア氏の自宅リビングルーム
学生でモデルの娘とは仲がいい

 ぼくが何よりも驚いたのは、あまりに多くのオブジェや絵画、あるいはテーブルに積み上げられた数々の写真集や本がありながら、雑然とした雰囲気がまったくない。とても静かに、置かれるべきものがそこに置かれている。

 アンナ・マリアは高級ブランドのロロピアーナのインテリア商品の開発などに外部のクリエイティブディレクターとして関わっている。ただ、そういう職業上の才能の賜物だけで、この空間が表現されているのではない。

 日常のどこでも使われる素材をそっと忍ばせるのが彼女は好きで、テーブルの下の床には日本の畳を絨毯のように使っている。

 「イグサは一見凄いものには見えないけど、緻密な手仕事があってできているわけよね。それが魅力なの」と語る。

 アンナ・マリアに話を聞くと「生き方に艶がある」と思った。人生に質を求めてきたら、こういう佇まいになった。自身、ラグジュアリーな生き方をし、ラグジュアリーと言われる世界で仕事をしてきたが、数字やマーケティングではなく、常に感覚を研ぎ澄ませてきた結果である。

 イタリア中部ウンブリア州にある丘の上の街オルビエートに生まれ育った。あのあたりは古代ローマ時代以前に栄えたエトルスク文化の地域でもある。

 大聖堂の近くにある実家は、ごく普通の家庭だった。ただ、小学校の先生をしていたお洒落な母親から色や素材の見方を徹底して教わった。

 「もちろんDNAもあるだろうけれど、彼女から実際に学んだ部分は大きいわ」

 地元の高校を卒業すると、コンテンポラリーダンスが好きだった彼女はローマで舞台美術を勉強し、ミラノでデザインを学ぶ。その後、ヴァレンティーノなどのハイエンドのファッションメーカーのショーウインドーやショーの舞台デザインに関わるようになる。

 現在、ロロピアーナだけでなく、さまざまなクライアントのためにグラフィックからインテリアデザインまで手掛ける。写真も撮るが、すべて現場で学んできた。彼女のクリエイティビティは審美眼が先行してきたのだ。

 「私が得意とするのは、インテリア空間の一部に手を入れて“暖かくする”ことね」

 こうした仕事の経験を経て布地もちょっと触れば即座に質感が分かり、「質の劣るものには戻れない」。そして、その感覚は学生である彼女の娘にも受け継がれている。

 (彼女は、このような話をしながら、一つ一つの感覚の違いを、自宅にある具体的なモノや本をぼくに見せながら、説明してくれる)。

 一方、兄のステファノについても触れておかないといけない。彼はオルビエートで10人程度の工房を経営している。自ら手を動かす職人でもある。テキスタイルや革などを扱い、独自の商品やハイエンドブランドのために製品を仕立てあげる。自転車、バイク、自動車の外装を本革で装飾もする。したがって、仕事上のつきあいも深い。

 アンナ・マリアは旅にもよく出かける。

 「自然環境は光と色のヒントになり、都市は歴史のエッセンスを吸収するために役立つ」

 特にフランスは好きだ。美術館にも足を運ぶことが多い。自宅に何気なくフランスの古い教会の柱のコンポーネントが飾られている。

 前述した疑問、なぜこんなにも違った素材、カタチ、色のものが同じ空間のなかにありながら調和を感じるのだろう、と聞いてみた。

 「よくご覧なさいよ。これとこれは一見違うように見えるけど、この要素とこの要素はお互いに繋がるでしょう?」とアンナ・マリアは説明する。とても納得がいく。

 スポーツは特にやらない。ジムに通うのも彼女の趣味と違う。

 普段使いの自転車は欠かせない。テラスにいるのと同じように風が好きなのかもしれない。だから空間が閉鎖された映画館からは足が遠のく。

 アートの展覧会はこまめにチェックするし、人の知らないレストランやヴィッラに出かけ、未知の味や建築に触れる機会は惜しまない。アンティークの青空市場も彼女の好きな場だ。当然ながら仕事にも役立つが、まず自分の好奇心に誘われる。

 この連載の取材の特徴は、その人の「好き」を追っていくからなかなかインタビューが終わらないことだ。自分の好きなものを見せてくれ、その背景を話してくれる。それはぼくにとっても楽しい。ワクワクする。

 アンナ・マリアは、これまでの取材のなかでも群を抜いて、ぼくを対象の世界に引き込んでくれた。彼女が面白いという美術館やギャラリーを、ぼくも訪ね歩きたいと自然と思えたのだ。パリにも久しぶりに行きたい。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。