伝え方や言い回しを変えると、自分を取り巻く環境が変わり、やってくるチャンスも変わっていきます。皆さんは自分のコミュニケーションに自信がありますか? この連載ではコミュニケーション研究家の藤田尚弓が、ビジネスシーンで役立つ「最強のコミュニケーション術」をご紹介していきます。
第19回は「傷つきやすい人への接し方」がテーマです。皆さんは「HSP(Highly Sensitive Person:ハイリー・センシティブ・パーソン)」と呼ばれる感受性が強すぎる人たちがいるのをご存知でしょうか。先天的に感受性が高く、敏感と言われるHSPは、決して特別な存在ではありません。一説によれば5人1人とも言われています。本連載の第13回では、「HSPの4タイプ」や自分にHSP傾向があるかの目安になる「HSPチェックリスト」をご紹介しました。
もし自分の周りに「HSPかな?」という人がいた場合、どのように接するのがいいのか。また、些細なことで傷ついてしまう人へのモヤモヤにはどう対処すればいいのか。先天的に傷つきやすい人とのコミュニケーションの取り方をご紹介します。
「気の持ちよう」と片付けて、HSPに「普通」を強要する残酷さ
- 敏感なため、人の顔色や意見を過度に気にしてしまう。
- ちょっとした表情や言葉で傷ついてしまうことがある。
- 感情反応が大きいので、気持ちの振れ幅が多い。
- 大きな声や複雑な仕事に圧倒されてしまうことがある。
こんな特徴を持つHSPに対して、私たちはどのように感じるでしょうか。繊細なHSPにとって、どれだけ刺激を強く感じてしまっているかを想像できないと「打たれ強さが足りない」「こらえ性」がないといった考え方をしてしまいがちです。
居眠りしている様子を見て「不真面目な人だ」と思ってしまうように、私たちは自分が目にした行動を見て、その人がどんな人間かを想像してしまう特性があります。「昨夜は腹痛で眠れなかった」といった特別な事情があったとは考えには至りにくく、自分が目にした行動だけで相手の特性を推測してしまいます。このような事象は「自発的特性推論」と呼ばれ、無意識のうちに行われることがわかっています。
HSPは、先天的に刺激に過敏です。そのため、指示の仕方が悪いときや置かれた環境が悪いときなどには、私たちが考える通常の成果を出せないことがあります。それを特性だと無意識のうちに推論し、「仕事ができない」「気分にムラがある」などと誤解してしまうこともあるでしょう。しかし、先天的な特性といわれるHSPに対して「気の持ちようだ」と言ってしまったり、「このくらい我慢すべき」と強要するのは、私たちが思っている以上に残酷なことかも知れません。
HSPは過敏であるがゆえに、小さな変化に気づく、繊細な調整ができるといった強みもあります。彼らの特性を理解し、配慮したコミュニケーションをとることで、仕事の効率を上げることを考えてみませんか。
「なんで、特別扱いしなければならないんだ」「みんなも辛さを抱えながら頑張っている」と考える人や、配慮ある対応に対して「不公平さ」を感じる人には、ぜひ「衡平」という考え方を知ってほしいと思います。
公平と衡平の違いを知っていますか
リンゴの収穫をお願いするにあたり、リンゴがとりやすくなるよう、それぞれに踏み台を購入することにします。全員に同じ高さの踏み台を与えるのが「公平」です。身長差を考慮して、全員が同じくらいとりやすくなるよう、身長に合わせた踏み台を用意するのが「衡平」です。公平とは全員に同じ配慮をすること、衡平とは人の違いを前提に、必要な配慮をすることと言えるでしょう。
昔は全員が同じでように頑張ることが求められました。しかし大勢に合わせるのがあたりまえの時代は終わり、これからは多様性を受け入れて共存していく時代です。移行期の今、私たちが新しい考え方に慣れていないのは当然です。車椅子の人に対しては配慮ができても、目に見えない違いを持っている人に対して配慮ができないということもあるでしょう。
まずは「気合が足りないからだ」といった偏見をなくすように意識し、少なくとも、他の人と同じ条件で頑張ることを強要しないところからはじめましょう。それができたら、HSPの人に適したコミュニケーションを意識してみませんか。
これはNG HSP傾向がある人への接し方
HSPへの配慮は、自分を含めた他の人が損をするということではありません。逆に彼らがやりやすいように指示することで、仕事をスムーズにまわすことも可能です。押し付けない、特別扱いし過ぎないコミュニケーションを考えてみましょう。
勘所を掴みやすくするために、HSPが陥りがちなケースを想定して、その際にとると【NGな対応】と【OKな対応】をご紹介します。
▼一度に複数のことを頼むと辛そうにする
刺激に敏感なため複雑なタスクに圧倒されてしまう、思慮深さが邪魔をして辛くなってしまうといったことが想定されます。指示した作業に前向きな態度をとらないと「やる気がない」「態度が悪い」と感じてしまうこともあるかも知れません。
【NGな対応1】
「やる気ないの?」と責めてしまう
【NGな対応2】
特別扱いをして仕事を減らす
【OKな対応】
指示するときは、量を分けて伝える。もしくはやってほしいことをメモにして、ひとつずつやってもらうように指示する
▼職場の人たちの感情表出によって辛そうにしている
「感情表出」とは感情の表し方のことで、表情、口調、態度などを指します。HSPは感情に対する反応が強く、共感能力も高いため、ネガティブ感情を表に出しやすい人のそばにいると、私たちの想像以上に辛くなることが想定されます。「打たれ強さが足りない」「わがまま」と感じてしまうこともあるかも知れません。
【NGな対応1】
「この環境にもすぐに慣れるよ、頑張って」と励ます
【NGな対応2】
ネガティブ感情を表出しやすい人について、「あの人にとっては辛いんだよ!?」と理解を求める
【OKな対応】
可能であれば席を変える。ネガティブな感情表出が多い人との接触がなるべく減るように工夫する。混乱やショックから立ち直ろうとしている時は見守る。ショックなどからの回復中には複雑なタスクを与えることや、議論・助言は避ける
▼ボーっとしているように見える
普通の人では考えが及ばないところまで考慮してしまうため、結論を出すまでに時間がかかってしまうことが想定されます。様々なケースを想像している姿は、ボーっとしているように見えるかも知れませんし、優柔不断と判断したくなるかも知れません。
【NGな対応1】
「なんで結論を出すのに、そんなに時間がかかるの?」と批判する
【NGな対応2】
「ゆっくり休みながらやって」と伝え、えこひいきする
【OKな対応】
普通の人では気づかない点まで考慮してくれている可能性を考えて見守る。考えがまとまったようだと感じたら「なにか気づいたことがあったら教えて」と意見を吸い上げる
HSPに接する人も自分を責めずに
ケース別の例で、HSPへの対応のポイントがおわかりいただけたと思います。
- 頭ごなしに批判しない
- …かといって特別扱いはしない
- 特性を活かす
とはいえ、こうした特性の違いがわかっても、どうしても気持ちがモヤモヤしてしまうこともあるでしょう。そんな場合にも、自分を責める必要はありません。HSPへの理解は、まだまだ足りないのが現状ですし、今後もそう簡単には進まないことだと思います。
「考え込む人は優柔不断」「すぐに取り掛からない人はやる気がない」といったステレオタイプは私たちの判断に強い影響を与えます。そうではないと考えることによって、一時的に抑制することは可能です。しかし、その後にリバウンドが起きてしまうことが研究で明らかになっており、こういった私たち人間の特性は、人種差別や偏見の原因の一つと考えられています。
HSPは5人に1人とも言われている私たちにとって身近な存在です。HSPに興味がない人も、どんなものなのか想像しにくいという人も、決めつけはなるべく避ける、公平ではなく衡平と考えるようにするといった小さな一歩でいいので、ぜひトライしてみてください。ちょっと意識を変えるだけでも救われる人は多いと思います。
【最強のコミュニケーション術】は、コミュニケーション研究家の藤田尚弓さんが、様々なコミュニケーションの場面をテーマに、ビジネスシーンですぐに役立つ行動パターンや言い回しを心理学の理論も参考にしながらご紹介する連載コラムです。更新は原則毎月第1火曜日。アーカイブはこちら