AI(人工知能)の開発サービスを提供しております、株式会社SIGNATEの高田朋貴と申します。AIを開発・運用するために必要な人材の条件や、AIを適切に活用していくためにビジネスパーソンが身につけるべきリテラシーについて紹介していく本連載。第5回は、せっかくAIを導入しても、思ったように生産性が向上しないケースについて説明させていただきます。
ユーザー不在の開発が招く失敗
この連載でも何度かお話してきたように、日本企業がAIを導入するメリットの1つは、労働人口が減少していく中で、AIをうまく活用すれば、生産性を向上させることができる点にあります。「人間の仕事をAIが奪う」のではなく、人間には本来は不向きだけど、機械なら得意な作業をやってもらう。人間とAIがコラボレートすることで、限られた人員で今まで以上に効率的に業務を回していくことができると期待されているのです。
しかし、いざAIを導入してみたら、業務の効率化どころか、むしろ以前よりも業務量が増えてしまった。そんなケースがビジネスの現場では少なくありません。なぜ、そんなことが起こるのでしょう? さまざまな原因が考えられますが、もっとも「あるある」なものとしては、「ユーザー不在なまま開発してしまった」ことが挙げられます。ここで言う「ユーザー」とは、消費者ではなく、「現場でAIを使って作業を行う人」です。
この「ユーザー」を決して置いてきぼりにしない。それは弊社でAI開発の受託案件を引き受けさせていただくとき、必ず気を付けるようにしていることでもあります。具体例を引いて説明しましょう。
一見便利なAIが「使えない」ものに
例えば製造業の会社が、工場のラインで使う機械の故障を自動検知するAIを作ったとします。センサーやカメラによって動作不良を察知し、「そろそろ故障しそうです」とアラートを出してくれるアルゴリズムです。一見、非常に便利なAIに思えます。しかし、実はこのAIは「このままでは使えない」ものでした。
「そろそろ故障しそうです」とアラートを出す。これ自体は便利な機能です。だからこそ経営陣も導入を決めたのでしょう。しかし現場にとって重要なのは、「どこを直せばいいのかわかる」こと。このAIは、作業機械が普段と違う動き方をしていると、「異常あり」と判断してアラートを出します。しかし、肝心の「どこがどう悪いのか」と教えてくれる機能は実装されていませんでした。だから、現場の作業量が減ることはなく、現実には使えないAIとなってしまったのです。
このお話を聞いて、「どうしてそんな単純なことに開発の段階で気が付かなかったのか?」と思うかもしれません。その理由はまさに「ユーザー不在で開発プロジェクトを進めてしまった」ことにあります。要するに、現場よりも上のレイヤーだけで、「こういうAIがあったら便利に違いない」とプロジェクトを進めてしまい、「実際の作業フローに組み込んだらどうか」という検証がないまま導入してしまったのです。
AIを「育てる」のは現場の担当者
こんな事例もあります。様々なライターによる執筆記事を掲載するWebメディア運営企業が、記事の内容を自動精査するAIを導入しました。ライターから記事が送られてきた段階で、記事の内容が掲載ガイドラインに違反していないかチェックしてくれるアルゴリズムです。この作業は今まで担当者がひとつひとつ人力で行っていたので、機械に代替することができたら、現場にとってはかなりの負担減になります。
しかし、こうしたAIを作るには、「この文章のこの部分が違反している」という判断の蓄積が、企業の中にデータとして整理されていなければなりません。これは弊社が実際に担当したケースになりますが、開発プロジェクトが立ち上がった段階では、その蓄積がデータとして集めきれていませんでした。
そこで折衷案として、最初から理想的なAIを目指すのではなく、まずは「この文章には掲載できない箇所がありそうです」と大まかに判定してくれる精度で開発することになりました。そのアラートが出たら、担当者が文章をチェックして、具体的にどこがどういう理由でダメなのかマークしてもらい、データとして差し戻す。そういう仕組みにしたわけです。そうすれば、AIは「なぜ、この文章は掲載できないのか」という理由の部分も学習していきます。その繰り返しがAIの高度化につながり、本来目指していた機能の実装に貢献します。
開発と同じくらい運用が大切
ただ、この「AIを育てる期間」は、現場にとって負担の軽減どころか、作業量の増加になりかねません。すべて人力で行っていたときには、データを蓄積するために、掲載できない理由をマークするなんて作業は発生していなかったからです。AIとは、基本的に完成された状態で納品されるアプリケーションとは違い、使えば使うほど賢くなっていくものです。だから、開発と同じくらい運用が大事になります。つまり、「実際に運用する現場にとって使いやすいものであること」が重要なのです。
多くの企業で「社内の業務効率化」を担当しているのは、経営企画室や総務といった「現場をサポートする部署」の方々です。我々のようなAIベンダーに相談してくださるのも、こういった方々がほとんどです。このWebメディア運営企業のケースでは、どうすれば現場にとって負担なく追加の作業を行っていけるか、担当者の方々にヒアリングを続けながら開発プロジェクトを進めていきました。こうやって意識的に「現場を巻き込む」ということをしないと、ユーザー不在のまま開発が進んでしまい、結果として「使えないAI」になってしまいます。
いきなりGAFAのようなAIはできない
もちろん、最初から理想的なAIが作れたら、こんな問題は発生しないでしょう。しかし、AIの精度を左右するのはデータの質と量です。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)などの巨大IT企業のように、企業活動のあらゆる段階においてデータを資産と捉え、適切な管理を行っていれば、さまざまな課題に対応できるAIを作ることができます。しかし、それだけの準備が整っている日本企業は、まだほとんどないと思います。だから今はまず、「できるところ」からやってみる。ただし、必ず次を見据えて、「業務効率化に必要なデータとは何か」と「それを負担なく収集するための運用フロー」も並行して考えてください。それがないと、「AIを作ってみた」で終わってしまいます。
最初から理想的なAIが作れなくても、メリットはあります。AIを使った業務効率化を考えるということは、今まで当たり前にやっていた業務に対して、「本当に無駄なところはないのか」と棚卸しすることでもあります。現場と一緒に改善すべき点を検証していくことで、マネジメント層にとっても、「ここにこんなに時間がかかっていたのか」という気付きが得られるのです。
そして何より、AIを理解するためには、実際に作ってみるのがいちばんの近道です。我々のようなAIベンダーと一緒にプロジェクトを進めることで、「AIリテラシー」とでも言うべきものが身に付いていきます。そうすると、次はもっと開発プロジェクトをスムーズに進めることができるようになります。その経験の積み重ねが、海外のIT企業にも匹敵する、高度なAIの実装につながっていくのです。
【仕事で使えるAIリテラシー】は、AI開発、AI人材の育成・採用を手がけるSIGNATEのデータサイエンティスト・高田朋貴さんが、ビジネスパーソンとしてAIを正しく理解し、活用する方法を解説します。アーカイブはこちら