6月24日朝から翌朝までの24時間に渡り、「24h Design Conversation」と名付けたライブイベントが行われた。世界各国のデザイン研究者や実践家など48人と1人30分、ビデオで対話をするとの試みだ。ミラノ工科大学デザイン学部の先生たちがホストを務めた。
「このパンデミックで皆が社会的距離をもっている時期に、デザインの役割について世界の人と対話をしてみないか?」との動機により行われた。今回の主人公であるシルビア・グラメーニャも、このプロジェクトに関わることになった。デザイナーであり、デザイン研究者であり、教師である。
マラソン対話の概要は次のようになる。
対話の相手に事前に1つの言葉を選んでもらい、その言葉を巡って30分対話する。時差を鑑み、欧州の各国からはじまり、南米、北米を経由して豪州、日本、中国、インドと一回りしたわけだ。
ぼく自身も、スマホの動画をラジオのようにずっとつけっぱなしにしておいた。結局、10時間以上は対話の端々が耳に入ってくる状態だった。そのなかで司会の1人としてシルビアの対応が良かった。
「私もはじめは自分が登壇する時以外は、そう熱心に聞くこともないだろうと高をくくっていたら、3時間の睡眠とシャワーを浴びる時間以外は、ずっとライブを聞いていたわ」と笑う。
この経験で何を感じ、何を考えたのだろう?
「パンデミックでは誰もが自身の健康問題とは別に、人とはなんと弱い存在なのだと実感したわよね。デザイナーはこれまでコミュニティのなかで媒介となる役割が強かった。でも、今後、ローカルのリアルな世界で弱い立場の人たちを見守る立場になるのではないかとより感じたわ」(シルビア)
それは彼女がこれまでも、デザイナーとして研究者として、不遇にある人を助けるプロジェクトに自分の生きる道をみつけてきたからでもあろう。
実は、シルビアは本連載2月に紹介したアレッサンドロ・ビアモンティの教え子である。アルツハイマーの患者が生活しやすい空間とは、どのような環境条件なのか、研究実験を重ねてきた。どうしたら薬に頼ることなく、住環境の条件設定だけで病の進行を抑えられるのか、と。
例えば、アルツハイマーの患者は旅情を感じると、過去のことを思い出しやすくなるという。そこで彼らは、列車のコンパートメントや駅の改札を模した空間を病院の医師たちと設計した。そして患者に使ってもらったら効果があった。
今はヴァーチャル空間を使って同じような試みを図っている。結果は医学の学会で発表する予定だ。「お金持ちのヴィッラの設計よりも、私はこうしたプロジェクトに惹かれる」とシルビアは語る。
ミラノの近郊に生まれ育った彼女は、科学系の高校に通っていた。大学の学科を選ぶ際、少々迷った。エンジニアになるタイプでもない。かといって建築でもない。結果、比較的中間になりそうなインテリアデザインを選んだ。
施工現場の真っただ中にいて動き回っていると幸せだ。だからといって、野外に飛び出てスポーツに熱心な女性ということでもない。
「私は世界で一番怠惰な女性だ」と自慢(!)する。
そのかわり本を読むのは好きだ。ひたすら読書に励む。ふんふんと聞きながら、コラムに仕立てづらいなあと、ぼくは少々考える。
だが、よくよく聞いてみると、もっと趣味らしい趣味があった。生地を集めることだ。どこの国に旅行しても気に入った布地を偶然みつけると買ってくる。そしてそれらの布地を型紙からおこして裁断し、服を自分で縫うのだ。
どこかの専門学校で習ったわけではない。お祖母さんからの手習いだ。身に着ける服が全てシルビアのデザインではない。当然、既製服も買う。この話を聞いて、彼女のお洒落ぶりの裏をはじめて了解した。
彼女のファッションには、どこか「世界観が香る」のだ。
そういえばと思い出した。自らのブランドを持ちながら、1980年代末からクリスチャン・ディオールのクリエイティブディレクターも務めたジャンフランコ・フェレは建築家だった。
シルビアはインテリアデザイナーだ。ハサミもミシンも器用に使いこなすらしい。生地を3次元に展開させるのが得意なのも当然だ。
そうと思い至ると、窮地に陥った人たちを見守るとの彼女の言葉が、さらに現実味を帯びてくる。自らが構想をたて、手を動かせて何かを作れる人の生きる道には力強さがある。
エンジニアでもなく、建築家でもなく、インテリアデザイナーになったシルビアに乾杯だ。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。