ブランドウォッチング

マイボトル文化を築いたサーモス 成功したカテゴリーブランディング

秋月涼佑

 ステンレス製魔法びんのマイボトルを職場やゴルフなど出かける先々に持参する人は、どこか丁寧で堅実、スマートというイメージがあります。最近では会社にも立派なウォーターサーバーが備えられ、街を歩けばそこかしこにコンビニ、自動販売機と水分補給に困ることはそうはないような気がします。私の様に、職業柄何か目新しいものにキョロキョロしている、現地調達前提を疑いもしない人間は、かさばったり、準備する面倒があったりしながらもマイボトルをカバンに入れている人をちょっとした畏敬の念で見ています。

リモートワークの必携アイテム(サーモスHPより)
マイボトル時代を築いたサーモスケータイマグ(サーモスHPより)
今や子供や学生の必携品でもある(サーモスHPより)
サーモススタイリングストアはブランドの世界観を訴求(サーモスHPより)
隠れた世界ブランド(サーモスHPより)

 聞いてみると、いつ何時でも水分補給に困らない安心感や、安全・安心が確認された飲み物をいつでも飲めるこだわり。もちろん、倹約効果も高く、エコロジカルという多くのメリットが意識されているようです。

 酷暑の時代にますます高まるニーズ

 そんなマイボトル、酷暑の時代も相まって年々持ち歩く人を多く見るような気がします。

 サイズ、機能、デザインのバリエーションが広がり、カールおじさんがくびからぶらさげていそうな水筒とまったく違う先進的ファッショナブルなアイテムへと進化し、女性や若者にも受けいれられています。小中学校などでは夏場、容量の大きなものを持参するよう要請されるケースもあるようです。

 逆に言えばもはや当たり前の生活習慣として定着している分、かつてマイボトルブームがあったと言われてもピンときませんが、2010年頃に注目された現象です。それまで日常的な出先に水筒を持ち歩く習慣はほとんどなかったわけですが、そんな習慣を大きく変化させることに貢献したのがサーモス社が開発した「ケータイマグ」です。 

 ケータイマグは、水筒のように携帯でき、マグカップのように手軽に飲める、というコンセプトで作られたそうです。飲み物を携帯する以上、持ち運んだときに漏れない構造であることは絶対的な必要条件ですが、かつての水筒はコップを外して、中せんを回し開け、飲み物を注ぐという手軽とは言いがたい使い勝手でした。飲みたいときにすぐ飲めるような仕組みを実現したのが、2000年にサーモス社が発売したワンタッチ・オープン機構です。

 飲み物がこぼれないようにしっかりと密閉され、ロックを外せばワンプッシュでフタが開けられる上、そのまま口をつけて直接飲むことができるという今では当たり前になった機能性の高さがマイボトル時代を切り拓いたと言えます。

 外観からは想像できない高機能プロダクト

 一見シンプルに見えるマイボトルも、その中身の多くは高機能プロダクトです。いわゆる魔法びん構造。つまり内びんと外びんの間が二重構造で真空になっており、伝導と対流による熱の伝わりを防ぐことで保温・保冷を長続きさせているとのことです。確かに、外観からはその複雑な構造を感じさせないのに、驚くほど長時間冷たかったり温かかったりする不思議さは、魔法という相当に期待感を上げてくる言葉に負けていません。

 そんな誰でも簡単に作れる製品ではないだけに主に専業メーカーが製品を提供している市場ですが、世界最大ブランドがサーモスというわけです。かつては、象印、タイガーの2大メーカーに市場シェアを奪われて事業自体の継続が危ぶまれた時期もあったそうですが、乾坤一擲ターゲットをその時代あまり水筒を持ち歩く習慣がなかった「OL」や「学生」に焦点を当てることで次第にファンを増やし今や多くの人から認知されるブランドとなったとのことです。

 大きくない市場に特化してブランドを育てる

 決して市場性が巨大なカテゴリーというわけではないはずですが、高い信頼性が求められる製品だけに、競合品や後発品が続々市場参入しても高価格、高機能ポジショニングに特化し、販路も百貨店や高感度な専門店に力を入れるなどして、営々ブランドを大事に育ててきました。

 今では、短時間火にかけた調理鍋を保温容器で丸ごと保温し、余熱で食材に火を通す保温調理ができる調理器具「シャトルシェフ」などサーモスらしさを生かした調理器具や、人気のアウトドアやバーベキューニーズにこたえるソフトクーラーなど製品ラインナップも豊富です。

 サーモスのホームページには、「魔法びんのパイオニアとして守り育ててきた断熱技術と、ユニークな生活快適発想を柔軟に組みあわせ、もっとおいしく、パッと便利で、ほっとここちよい、夢ある暮らしを創造します」と「サーモスマジック」のブランドコンセプトが提示されています。

 今や、直営のブランドの世界観を伝える「サーモス スタイリングストア」を東京・二子玉川や兵庫・西宮に展開するなど、ますますサーモスブランドが広がっていく勢いを感じます。

 私が素敵だなと思うのは、決して大きくも楽でもないカテゴリーで、歴史と技術がありながらも悪戦苦闘しつつ諦めず新機軸を開発し、丁寧にファンを育ててきたことです。日本だけでなく世界市場にサーモスブランドを打ち立てる日本のヘッドクオーター、サーモス株式会社も資本金3億円、社員300人ちょっとと決して巨大な会社ではありません。

 でも彼らは、実際に日本人、そして今や世界の色々な国々で具体的に何らか生活者のライフスタイルを変えました。製品やブランドを通して、人々の生活をより豊かに変える。まさに製造業企業の本懐ではないでしょうか。そしてブランドを大事にすることで、さらに多くの製品やライフスタイルを生活者に提案できる機会が生まれていく。

 そんなサクセスストーリーに、元気をもらえる気がするのは私だけでしょうか。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら