仕事で使えるAIリテラシー

日本企業が苦手な「脱自前主義」はAI開発にも欠かせない

高田朋貴

 AI(人工知能)の開発サービスを提供しております、株式会社SIGNATEの高田朋貴と申します。AIを開発・運用するために必要な人材の条件や、AIを適切に活用していくためにビジネスパーソンが身につけるべきリテラシーについて紹介していく本連載。第7回目はAI開発のみならず、次世代の技術に対応できる企業経営を行っていくために欠かせない「脱自前主義」についてお話させていただきます。

 AIを自社だけで開発するのは非現実的

 AIの研究・開発では企業が保有するデータが鍵を握ります。ただ、いくら企業がデータを持っているからといっても、AIを開発する人材や技術といったリソースを、すべて自社で賄おうとするのは多くの場合、非現実的です。

 世界では企業同士がリソースを活用し合い、互いにwin-winとなるような関係を結ぶことで、AIの研究・開発のスピードを上げていくのが常識となりつつあります。

 しかし、日本企業の多くは未だ「自前主義」に囚われており、自社だけで技術開発を行おうとする傾向があります。

 弊社では定期的にAI開発のコンペティションを開催しています。約3万5000人に及ぶ登録会員のデータサイエンティストやAI技術者から参加者を募集して、クライアントの課題解決に資するアルゴリズムを開発してもらい、その精度を競ってもらう仕組みです。

 最終的には最も高い精度のアルゴリズムを開発した参加者から、懸賞金と引き換えに所有権を譲渡してもらいます。そうすることでAI開発のリソースに乏しい企業でも、効率的に精度の高いアルゴリズムを獲得できます。

 この場合、クライアントは弊社の登録会員に向けて自社のデータをオープンにすることが前提になるのですが、実は、それに抵抗感を示す企業が少なくありません。

 外部との協業に根強い抵抗感が残る日本企業

 もちろん、何でもオープンにすべきだと言いたいわけではありません。個人情報が含まれているなどの理由から、データの流出リスクに企業が敏感になるのは当然のことです。また、データを非公開で利用することで、明確な優位性や競争力が生まれているケースでは、データをオープンにしない戦略も十分に理解できます。

 しかし、こうした明確な理由に基づいて、データの公開に抵抗感を示すケースは決して多くはありません。私たちが日々のAI開発の現場で直面するのは、「自社の外にデータを出すのは、なんとなく嫌だから」といった感覚的なものがほとんどです。

 かつて日本企業、特にものづくり企業は、あらゆる技術開発を自社で担う「自前主義」で躍進を遂げてきました。狭い国内市場で激しい競争にさらされてきたため、「製品・サービスとそれを支える技術は自社で作るべきだ」という考え方が根強く残っています。それが会社の外にデータを出すことをためらわせる原因ともなっています。

 しかし、いまは「モノのインターネット化(IoT=Internet of Things)」が急速に広まっている時代です。さまざまなモノがネットワークでつながり、大量のデータがやり取りされるようになれば、分析ツールとしてのAIの重要性はますます高まります。つまり、IT以外の分野でもAI開発競争が激化していくのです。

 そうした中で自前主義にこだわりすぎると、他社に大きく出遅れてしまいます。自社に開発環境が整っていない企業なら投資もかさむでしょう。これはAI開発に限ったことではなく、新しいテクノロジーを活用しようとするあらゆる企業にいえることです。

 このような自前主義の弊害にいち早く気付いた一部の企業は、すでに他社と協力して製品や技術の開発を進める「脱自前主義」に舵を切っています。

 ライバルの企業同士が手を組むケースも

 例えば、自動運転や電動化などの脅威にさらされている日本の自動車業界では、トヨタがAIの研究・開発を行う「トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント」を設立。AI関連企業と連携することで、電気自動車やコネクテッドカーなどの次世代技術を活用した自動車開発で遅れを取らないようにしています。

 また、ライバルであるはずの企業同士が組むケースも出てきました。一部事業で競合関係にあるソニーとマイクロソフトは、昨年5月にクラウドサービスの分野で提携を発表。マイクロソフトのAI技術とソニーの半導体技術という互いに得意な分野を組み合わせ、ゲーム、家電など既存事業にイノベーションを起こそうとしています。

 ものづくり企業だけでなく、サービス業でも「脱自前主義」は始まっています。

 海外の事例ではありますが、世界最大のコンシューマー・エレクトロニクス見本市「CES2020」において、デルタ航空はライドシェア企業のLyft(リフト)との協業を発表しました。リフトの乗車中にマイルが貯まったり、航空便の発着時刻とリフトによる送迎をリンクさせたりするなどのサービスを提供していくそうです。

 これは航空便の顧客データをリフトにも提供することで可能になるサービスです。企業にとって最も大切な資産である顧客データを他社と共有することで、デルタ航空は空の旅における総合的なサービスを提供し、顧客満足度を上げていこうとしているのです。

 事業の「競争領域」と「協調領域」を見極めよ

 互いの弱みを強みで補い合うことで、さらなる成長を遂げようとする--。これが「脱自前主義」の要諦ですが、とにかくいろんな企業と協力していけばいいというわけではありません。脱自前主義を実践するためには、事業における「競争領域」と「協調領域」を見極める必要があります。

 AIの分野で言えば、協調領域はOCR(文字認識)のような技術が該当します。文字認識は読み込ませるデータが多いほど精度が上がっていくもの。しかも、紙の文章をスキャンして自動的にデジタルデータにできたら、とても助かる分野はたくさんあります。

 これは業績アップに貢献するというより、業務効率化に資するタイプの技術です。ならば、1社が単独で技術開発するより、それが役に立つ企業がみんなで協力して投資していけば、全体がハッピーになります。こういう分野では積極的に協力関係を結ぶべきでしょう。

 一方の競争領域は、需要予測のように業績に直結する技術が該当します。「明日どれだけ売れるのか」といった予測の技術は企業にとって非常に重要であり、各社が個別にしのぎを削るべき分野であるといえるからです。こうしたコア技術は自社の強みとして大切に磨いていくべきです。

 今回の記事は途中からAI開発とは直接関係のない話題に感じたかもしれませんが、こうした「競争領域」と「協調領域」の見極めができていないと、「ここでは他社と協力して開発にあたるが、ここからはブラックボックスにしたい」というようなロジカルな判断にも至れません。その結果、「外部にデータを提供するのはなんとなく嫌だ」という抵抗感だけが組織の中に残り、AI開発も遅々として進まなくなってしまいます。

 いまやAIをはじめとする新しい技術への対応は、ビジネスの成否を左右するようになりました。企業には他社と協力することのメリットとデメリットを見極め、競争と協調を織り交ぜたスピード感のある戦略を採用することが求められています。

 それは反対にいえば、それくらいの柔軟さを持ってビジネスにあたらないと、もはや技術が進歩する速度についていけず、どんどん取り残されてしまうということでもあるのかもしれません。

高田朋貴(たかだ・ともき) 株式会社SIGNATE シニアデータサイエンティスト
明治大学大学院理工学研究科博士後期課程修了。専門はコンピュータサイエンス(言語処理、人工知能等)。2015年、株式会社オプトホールディングのAI研究開発部門「データサイエンスラボ」に入社。同部署にて、主にAI開発のためのコンサルティング/受託分析や分析コンペティション設計、データサイエンス講座講師等に従事。18年4月、データサイエンスラボの事業統合を機にSIGNATEに参画。19年4月より現職。博士(理学)。

【仕事で使えるAIリテラシー】は、AI開発、AI人材の育成・採用を手がけるSIGNATEのデータサイエンティスト・高田朋貴さんが、ビジネスパーソンとしてAIを正しく理解し、活用する方法を解説します。アーカイブはこちら