ミラノの創作系男子たち

“職人技”の可能性 伊財団ディレクター、アルベルト・カヴァッリのバックグラウンド

安西洋之

 アルベルト・カヴァッリの声はとてもよく響く。カンフェランスに登壇している彼は、スピーチしながらも独唱しているかのようだ。それも話すテーマはイタリアの美や職人文化だ。声と内容が調和している。

 アルベルトは2つの財団のディレクターについている。一つは長くカルティエの重要なポジションを務めてきたフランコ・コローニの創立したミラノに本部があるコローニ財団だ。イタリアの職人技の維持と普及を目的としている。

 もう一つはスイスのジュネーブにあるミケランジェロ財団である。これも職人技やクリエイティブ分野のヨーロッパレベルの交流を図る組織で、トップはラグジュアリーのコングロマリット、リシュモンの創始者のヨハン・ルパートだ。

 毎春に開催されるミラノデザインウィークや2018年からヴェネツィアでスタートしたイベントで、これらの組織がクラフトマンシップの可能性を力強く示している。その中心で活躍しているのがアルベルトだ。

 アルベルトは、これらの2人と仕事をするなかで得るものが多いと語る。目が開かれる思いをすることが多々ある、と。言うまでもなく、いわゆる社会的ステイタスのある人物たちだから、彼らから刺激を受けるというわけではない。その理由は次の記述を読めばわかるはずだ。

 彼が強く惹かれる時間は、さまざまな職人との付き合いだ。彼らの才能には驚かされ、時の積み重ねがそのまま目の前に現出しているかのような工房のリアリティにも圧倒される。

 アルベルトは「職人から学ぶことは多い。驚きありきだ。驚きが好奇心を突き動かすのだ。人はその好奇心からコンピタンスを獲得する」と語る。

 更に、そのコンピタンスこそが自身を上昇気流に向かわせてくれることを彼は確信している。 

 何らかの具体的なモノが人の知恵と手から生まれるプロセスは、頭でっかちの人間にとっては心底ワクワクさせる。そういう経験をぼくもこれまでたくさんしてきたから、彼の語りには納得がいく。

 こんなアルベルトはどんな人生を歩んできたのだろうか。

「両親は十分な教育環境を与えてくれた。名門と称される学校の選択もそうだし、小さな頃から外国語やラテン語に馴染むように仕向けてくれた。特に芸術や文化の素養を得る機会は多かった。中学生の頃は毎週末晩、ミラノ市内のさまざまな劇場に連れて行ってくれた。休暇となれば欧州各地の都市で開催されている展覧会に出かけた」(アルベルト)

 父親はノーベル賞をとった科学者の教授のもとで学んだエンジニア、母親は企業の幹部だった。叔母はファッション業界のアトリエのチーフスタイリストだったので、ファッションの世界を内側から垣間見ることができた。

 大学では政治学を学ぶ。さまざまな機関がどのように運営されるかを理解したかった。かつ歴史、芸術、科学、経済、これらに対する素養は、人間のコミュニティが働くメカニズムを深く知るに欠かせない。

 コミュニケーションの領域にアルベルトの関心が惹きつけられたのは、環境が導いた自然の成り行きだったのだろう。

 大学卒業後、数年を経てファッションブランドの一つ、ドルチェ・アンド・ガッバーナの広報を務めたのだ。コミュニケーションが価値を作るに大きく貢献する分野だ。

「ある意味、文化的生産だ。商品をどう宣伝するか、ファッションショーをどうオーガナイズするか、使う声のトーン、ストーリーをどう語るか、これらが小売価格を決めるだけでなく、ブランドそのもののアイデンティティに続く長期に渡って継続する価値の創造にもつながる」

 ラグジュアリーは遺産と歴史に基づく。価値をつくる際のコミュニケーションの重要さと役割を理解するにベストな土俵と言ってよい。

 フリータイムはどう過ごしているのだろう。週に一回は合唱に参加している。彼が歌うのはルネサンス期から教会の多声音楽である。

「それから犬と過ごす。森のなかや山を犬と歩くのだ。友人を招いて食事することも多い。つきあいのある職人たちが作ったオブジェや調度品で食卓を飾る。他人と一緒にすごす時をつくるのは価値がある」

 読書には多くの時間を割く。毎週『ニューヨーカー』を読んでいる。雑誌だが本と言ってよいほどに中身が濃い。

 エッセイ、歴史、美術史、宗教、文化人類学の書籍も手にとる。小説なら年に1回、大物の古典を丁寧に再読することにしている。例えば、最近ではドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んだ。

 日本の文学作品にも造詣が深い。古くは源氏物語から幕末から明治にかけて活躍した落語の三遊亭圓朝までをもカバーする。もちろん近現代の作品も好きで、殊に川端康成には目がないようだ。イタリア語に翻訳された「日本文学全集」とも称すべきシリーズも全巻もっているらしい。

 アルベルトとは彼の本業に関するインタビューで4年前に知り合った。あの時、彼はぼくにイタリアのアルティザンに関する本や雑誌をどっさりと渡してくれた。それらが、ぼくが『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』という本を書くにあたり、基礎データとしてとても役立った。

 今回、彼のバックグランドを伺い、彼の人生そのもの、お会いしたことも名前も存じ上げない、ご両親やすべての関係者に思わずお礼を言いたい気持ちになる。ちょっと不思議な体験だ。

『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』 安西洋之 著

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。