働き方ラボ

三井物産の新社屋を訪問 オフィスのメリットを再確認した

常見陽平

 すごいものを見た。総合商社、三井物産の新社屋である。2011年に三井物産本店ビル建て替えを含むプロジェクトがスタート。2014年11月に仮社屋に移転し、2020年に新本社への移転が行われた。約10年がかりのプロジェクトである。特にここ数年でビジネスをめぐる環境は大きく変化した。様々なものが複合的に結びつく時代になっているし、スピードも求められる。

 この新社屋を「よくある大手の新しい立派なオフィス」だと捉えてはいけない。そこには、これからの働き方のヒントや、コロナ禍で働く上で忘れてはいけないものがあったのだ。

 コミュニケーションを促進する多彩な工夫

 Otemachi One街区と呼ばれる場所にある三井物産ビルに到着し、まず驚いたことは、ビルから出てくる三井物産社員の服装が想像以上にカジュアルだったことだ。私がお邪魔した昼休みの時点ではスーツの社員はほぼ見かけない。かっちりしていると感じる人も、せいぜいジャケットにパンツというスタイルだ。「大手町らしく」ないとも一瞬感じたが、ふとこの街も日本企業も、「らしさ」が更新され続けているのだと気づいた。変化を感じた瞬間だった。

 新社屋は一言で言うと「オープンで自由」なものである。フリーアドレス(厳密には組織ごとのフリーアドレスで、グループアドレスと呼ばれている)を導入しているだけでなく、コミュニケーションエリアが充実しており人と人とが触れ合う機会が充実している。よく「縦割り」と言われる総合商社だが、オフィスの配置や、様々なコミュニケーション発生の仕掛けによってヨコ、ナナメの連携が促されるものになっていた。

 各フロアには、各部門が仕事をするフリーアドレスのブロックだけでなく、コミュニケーションエリアが設置されている。オープンな雰囲気で自由闊達に意見交換を行うことができる「Social」、プロジェクト単位で議論をする場「Co-work」、一人で仕事に集中し思考を深め、静かに戦略やアイデアを練る場「Focus」、さらにDXを推進する専門人材が集う「d.space」と分かれている。このコミュニケーションエリアは、フロアごとに種類が分かれており、フロア間はオフィスの真ん中に設置された階段で移動できるようになっている。

 フリーアドレスでコミュニケーションコーナーが設置されているという状態自体は、いかにも最近のオフィス風に見えるかもしれない。しかし、細部に渡るコミュニケーション促進への工夫が“ニクい”のだ。Co-Workのフロアには通行する人から丸見えのオープンな会議スペースがあり、液晶ディスプレイとソファも設置されている。これにより自由な雰囲気で議論することができるだけでなく、通りがかった人が気軽に会議に参加することも可能だ。「この案件、昔、担当していたよ」「○○社の社長ならよく知っているよ」など、周りの人がプロジェクトを前にすすめるヒントをくれることだってある。

 特に筆者が「そこまでやるか」と感動したのは、各フロアのコーヒーメーカーのスピードだ。コーヒーができる時間をあえてゆっくりめにしているフロアがあった。これにより、待っている間に偶発的な会話が生まれるようにしている。

 このように、いちいち多様な個人の力を最大限引き出しつつ、偶発的な出会い、自発的なコミュニケーションが生まれる仕掛けが細部にまで仕込まれているのである。快適に働き、さらには当事者ですら想像できないような新しい価値を生み出す仕掛けが、そこにはあった。

 新社屋への移転の年に新型コロナウイルスショックが直撃し、この取り組みを気の毒に思う人や、中には揶揄する人さえいるかもしれない。「今さらオフィスに力を入れるなんて」という批判だ。しかし、この批判こそ的外れだろう。最近は大手企業も含め、オフィス面積の見直しや、事実上のオフィス廃止の報道も目立っている。ただ、あくまで「面積見直し」や「最適化」であって、必ずしもオフィスに価値を見出していないわけではない。ベンチャー企業などでは、オフィス不要論を「新しい働き方」などとセンセーショナルに伝えている例も中にはあるが、実態は業績悪化を止血するための苦渋の決断ということもある。

 むしろ今、リアルなオフィスが存在するべき意味を再確認できる場だった。快適に働く、社内外の仲間と一緒に何かに取り組む、偶発的な出会いを実現する、何かと安心できる、そこでしかできないコミュニケーションをする。これらがオフィスの価値だろう。なお、同社では、もちろんリモートワークは導入されている。リモートと組み合わせることによって、新オフィスの価値はますます高まるといえるだろう。

 人との接点が減少…「ぶらぶらする」ことの重要性

 ふと今回の訪問を通じて、最近の自分に足りていなかったことに気づいた。それは「ぶらぶらする」ということである。ぶらぶらしていて、何かを発見したり、人と会ったりする機会だ。このぶらぶらする場所は、別に会社の中だけではない。街をぶらぶらするなどをして、モノやコト、ヒトとの偶発的な出会いを実現する。新型コロナウイルスショックにより出歩く機会がそもそも減っていた。人とのリアルな接点を避けるようになっていた。とはいえ、オンライン中心となり、ぶらぶらする機会が減ってしまった。

 先日、勤務先の大学で、トークイベントを開催した。ジャーナリスト古田大輔さん、コラムニスト河崎環さん、おもちゃ開発者高橋晋平さん、社会起業家税所篤快さん、さらに私と学生というメンバーだった。登壇者への事前インタビュー、さらには当日の議論でも、「ネットでぶらぶらすること」が話題となった。オンラインの時代となり、気をつけなくては一人になってしまう。適切な距離を保ちつつ、ネット上でぶらぶらし、様々な人の話を聞くこと、さらにはZOOMなどを活用し、離れて住む友人・知人との接点を意識的につくることが大切だと再認識した次第だ。

 オフィス不要論は安易である。いつの間にか、オフィスが果たしていた役割を忘れていないか。オフィスの再検討は必要だが、その意義を確認しつつ、オフィスに毎日通っていた頃に実現できていたことをいかに補うか。あの頃以上の何かをどのように生み出すのか。ゆるりと考えよう。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部准教授
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部准教授。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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