ブランドウォッチング

罪作り?なトヨタ「センチュリー」 “雲上ブランド”ゆえの公用車問題

秋月涼佑

 全国的に突然取りざたされたトヨタ「センチュリー」知事公用車問題。山口県知事は「検討十分でなかった」と新車購入を反省し、長野県では20年保有してきた車両を急遽ネットオークションに出品することが決まるなど、もはや鬼子のような扱いをされています。最後まで「なんで見直さないといけないのか」と主張するのは兵庫県の井戸知事ですが、一部県議から「契約解除の申し入れ書」が提示されるなど、まだすんなり後部座席に収まれそうにありません。

キャリア官僚は公用車の「車格」にこだわる

 なぜこの問題はここまで炎上したのでしょうか。

 井戸知事は、「県土が広く高低差がある山道を走行する機会が多く、馬力があって故障しない、信頼性の高い走行性」を第1条件とし、安全性、長距離移動での居住性、環境性能の4点を選定理由に挙げたそうですが、この説明では指摘されている異論の趣旨に答えているようには思えません。

 山道での走行性能を言ってしまえば、同じトヨタだけで見ても悪路走破性能で世界的に高い評価を受けているランドクルーザーなど複数の候補車種がすぐに思い浮かびます。安全性、長距離移動での居住性、環境性能でも引けを取らない車種は十分選定可能でしょうし、実際に他県の知事公用車ではトヨタアルファード・ヴェルファイアのワンボックスタイプのバンが人気です。

 要は機能性や性能で説明しようという井戸知事の問答は、この問題の本質ではないのです。

 自動車には「車格」という概念があります。エンジンの排気量や車両の大きさ、内外装の仕上げ、その車種ブランドの歴史、ステータス。様々な要素を複合的に反映した概念で、暗黙知的な部分もありますが、例えばレンタカーなどの1日当たり料金などを見れば、概ねその序列が表現されているかと思います。

 そしてこの「車格」、官公庁のような厳密な役職ヒエラルキーの世界では大きな意味をもっており、同じ公用車でも各役職が使うべき車両は明確に決まっているのです。現在では運用の厳密さに多少の融通があるように思いますが、かつてで言えば、官公庁の特定の役職にだけ向けた某車種の内装を少しだけアップグレードした専用車種さえ販売されていたくらいです。

 兵庫県の井戸知事は、官僚出身の古株知事として、やっぱりいつか最高車格のセンチュリーに乗りたかったというのが本音だったのではないでしょうか。

意図しては作れない別格のカリスマブランド

 それにしても罪作りなのは「センチュリー」です。

 「センチュリー」は2019年度の販売台数389台。トヨタで圧倒的に少ない販売台数です。いくら車両価格が2000万円近い超高額車両とはいえ、メーカーが利益を出すことは難しいはずです。通常のボディー塗装が4層のところ、「水研ぎ」という工程含めて7層もの層を塗り重ねるなど、細部まで徹底したこだわりと手間暇をかけて製造されることを考えれば、もはや採算度外視のプロダクトに違いないのです。

 それもこれも、皇族方はじめ日本のトップ層が乗ることで営々と築いてきた別格のブランドの存在感がそうさせるわけですが、2018年6月に実施された21年ぶりのフルモデルチェンジが、そんな神話に新しい章を書き加えたことは間違いありません。

 問題は、そんな雲上ブランドに乗れるだけの立場の“人”がこの世の中にどれほど存在するだろうかということです。

 それが企業であってもSNSの普及やコンプライアンス厳格化で、トップでさえかつての鷹揚な立ち居振る舞いが憚られるシーンが増えたように思います。

 まして、日頃から市民の視線にさらされることが多い政治家、知事ともなれば、自然“別格”ブランドの利用を“過分”と感じる有権者も一定数は出てきてしまうということだと思います。

“モノづくり”の精神が自律的にブランド化

 それにしても、今回の件であらためて思い知らされたのが、ブランドというものが持つ生き物のような自律的エネルギーです。普段本連載では企業などが、ブランディングという活動を通してあるプロダクトやサービス、もしくは企業自体の本質を、生活者に理解してもらい共感してもらうための意識的活動を紹介しています。

 トヨタセンチュリーの場合は、ほとんどマーケティングらしいマーケティングは行われていません。ホームページに最低限の情報が記載されていますが、一般向けの他車種がこれでもかと映画かと見まがうような動画などリッチコンテンツでその機能や性能、特徴をアピールしていることを考えると、信じられないくらいの素っ気なさです。要は送り手の意図をはるかに超えたところでブランドが成立しているのです。

 最も近い存在は、かつてエンジンパワーやトルクについてカタログに「必要にして十分」とだけ記載していた英ロールスロイスでしょうか。センチュリーももはやスペックなどの世俗的な指標を超越した存在なのです。

 しかしながら、ロールスロイスとの違いを言えば、階級社会を背景に成立したヨーロッパブランドと違い、センチュリーは“モノづくり”の精神性を究めることでそのカリスマ的なブランド評価を獲得してきたことでしょうか。そういう意味では、まさに日本のモノづくりの真髄を表現する“ブランド”と言えると思います。

カリスマブランドならでは物性を超えた何か

 それにしても、今回の騒動で今後多くの知事はセンチュリーに乗ることを敬遠するに違いありません。知事が乗らないものを各地方のお役人さんも公用車として使えるわけがありません。企業にしたところで、今までも社長はレクサス、クラウン、場合によってはメルセデスベンツやBMWを選ぶことがあっても、会長のみセンチュリーが許されるというような感覚がありましたが、今回のような騒動を横目に見るとそれさえ敬遠してしまうケースも出てくるのではないでしょうか。 

 そうだとすれば、伝統工芸品のごとき日本のモノづくりの粋が利用される場面がますます減り、我々も路上で崇める偶然を喜ぶシーンが減ってしまうのかもしれません。

 若い頃こだわりある大好きな外国ブランドの腕時計をしていると、思いがけず皮肉を言われたりすることがありました。性能やデザイン、着け心地の良さなど機能を気に入って自分のお金で賄っていることですから、とやかく言われる筋合いもないのですが、物性を超えたところに意味・象徴性をまとってしまうのもまたカリスマブランドならではの宿命なのかもしれません。

 万年Tシャツにジーンズ、電気自動車に乗る若き起業家が世界にインパクトを与え続ける時代。希少な別格ブランド「センチュリー」が体現してきた日本の美意識やモノづくりの精神。まさに次の100年に生き続けるのだとすれば、どんな形があるのでしょうか。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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