ミラノの創作系男子たち

ファッション企業で知財トラブルを解決 弁護士ステッラが「煎餅大好き」になったわけ~女子編

安西洋之

 馴染みのない料理を美味しいと思えるかどうか。それはおよそ馴れの問題である。頭で味の背景を理解することも大切だが、馴れが大きい。その例として、ぼくがよく紹介するエピソードがある。以下である。

 ぼくの友人のイタリア人女性がドイツ留学中、アパートを日本人の女子学生とシェアして住んでいた。日本人の彼女は煎餅が大好きでよく食べる。イタリア人はとてもでないが食べられない、と勧められても断る。しかし、日本人の学生が他の日本人の友人をアパートに誘い、皆が煎餅を食べているのを眺めていたら、イタリア人も煎餅に手を出すようになる。

 最初は不味いと感じた。だが2度3度と食べているうちに美味しいと思うようになり、5度目くらいの頃には煎餅が大好きになっていた。その後、日本の菓子といえば煎餅を思い浮かべるほどの好物になったのだ。

 ぼくがこのエピソードを使って強調するのは、仮に新しい商品を市場に定着させたいなら、どれだけ新しいモノに強制的に触れる回数を設けるかが戦術として大切だ、という点だ。一回目で離脱した後、そのままにしておけば、永遠に2回目はこない。

 この煎餅を好きになった友人が、今回紹介するステッラ・パドヴァー二である。現在、大手高級ファッション企業のなかで働く弁護士で専門は知的財産だ。商標権侵害や偽物などラグジュアリーブランドに知財トラブルは常につきまとう。今はオンライン上でのコンテンツの不正利用なども後を絶たない。

 ステッラは知財専門のミラノの法律事務所に所属していたが、数年前にヘッドハンティングされて今の職場に移った。高級品の知財トラブルはどこの企業も同じように抱えているので、競合他社や欧州委員会とのミーティングも多く、出張も頻繁だ(2020年はほぼリモートだったが…)。

 そんな彼女の子ども時代の話から聞いてみよう。

 生まれはイタリア北西部のヴェネト州ヴェローナだ。父親は心理学者で、母親は中学の先生という教育一家で育つ。

 「学校の勉強は大好きだったわ」と話すステッラは、昼に学校から戻ると午後は英語、水泳、スケートとさまざまなことに打ち込む活発な女の子だ。そして高校3年生の時、米国中部の学校に1年間留学する。

「実践的であることや、世の中にはあまり堅苦しくないやり方があることを知った」彼女がイタリアに戻った際、驚いたのは4年生になった同級生の変わりようだった。

「男の子たちはタバコを吸い、仲良しだった女の子たちは髪を染めてお洒落になっていたわけよ。自分だけが別世界にいたのだと痛感させられた」と当時を思い出す。

 そのまま高校5年を終えて卒業するまで、同級生にはそのまま何か違和感を抱きつつ過ごした。ヴェローナの大学で法律を学び、前述したようにドイツでも生活した彼女は、国境を越えたネットワークにじょじょに軸足を置くようになっていた。

 法学部に行ったのは将来の職業選択肢が広いだろうとの期待からだったが、まさしくその通りだった。大学卒業後、弁護士見習いとしてさまざまな案件に接するなかで偶然、知財に絡む案件があり、「これは!」と心が動いた。こうしてステッラの道を決まった。 

 幸運なことに、ミラノ工科大学修士コースで知財を専門に学べる機会があり、しかも、そのときに中国の知財法に関する調査プロジェクトで中国にも滞在した。

「私が心からやりたいと思ったことを選べたので、とっても満足」と話す。

 今や国際カンフェランスのパネラーとしても登壇する、知財分野では第一線をいく人として評価を受けるに至った。

 一人の優秀な人間が生み出した機能やデザインに関わり、いわば全人格的に立ち向かうことに琴線が触れるようだ。特にファッション産業は高度な技術的素養を要求されない分、目利きとして判断できるスペースが大きいと感じられるところも魅力だ。

 ステッラの人生の推移で面白いのは、語学がかなり鍵となって作用していることだ。中学の時に英語とドイツ語を勉強したことが、高校の米国留学、大学時のドイツ留学につながっている。高校では古典ギリシャ語とラテン語が必須語学だった。大学でも語学を専攻することは一つの候補だったが、文学と一緒の学科しかなかったので、選択肢から外した。語学だけをやりたかったのだ。

 以前トルコ語を1年間、趣味で勉強した。そして2020年、パンデミックでスマートワーキング。何をしているのだろう。

「フランス語はずっとちょっと避けていたところもあるけど、ファッション業界で仕事をしているとパリに出かけることも多いのよね。そこで、とても信頼できる人とも知り合いになったので、出張がなく時間が余計にある分、フランス語をオンラインコースで勉強しているわ」

 仕事で各国を駆け巡り、機内やホテルで寸暇を惜しんで仕事をしていた日々が突如なくなった。休日には今の季節ならドロミテ山脈やオーストリアのチロルでスキーに夢中になっているところだ。それらの時間が語学の勉強時間に振り替えられたのだった。

 

「活動的な日々は大好きだけど、こういう静かで内省的な生活も悪くないわ」とのステッラの言葉は決して負け惜しみではない。常に前進するために注力するタイプなのだ。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。