ブランドウォッチング

ポルシェタイカン 内燃機関の王者がいち早くEVスポーツカーをリリースする理由

秋月涼佑

 常々「自動車はオペラ」だと考えてきました。

 広告やマーケティングの仕事をしていると、どんな製品やサービスにもそれぞれの市場やターゲットが存在していることを知りますし、各企業がどれだけの叡智と工夫を重ねて新商品や新サービスを世に問うかということに畏敬の念を感じながらサポートしています。そういう意味では、本音としてどんなプロダクト・サービスにも面白みや魅力があると感じていますし、本連載もそんな視点から、様々なテーマを紹介させていただいています。

 ではあるのですが、実は自動車というプロダクトだけには別格の存在感を感じてしまうこともまた正直なところという他ありません。そもそも個人が購入する耐久消費財として最高額ということもさることながら、市場規模の大きさや影響力の大きさが段違いに大きいのです。産業のすそ野が広いという言い方もよくされますが、卑近な例とすれば広告代理店やメディア各社にとっても紛れもなく大得意先です。

 マーケティング視点で見ても、そもそも「移動・走行」という基本的な機能的価値にとどまらず「車内空間」「積載性」など複合的、さらに情緒的価値を言えば「走る喜び」「同乗する楽しさ」「所有する満足」に始まり、それこそ文化性の領域まで深堀できるほどの奥深さを包含している稀有な製品なのです。

 それがゆえ、プロダクト界の総合芸術的な存在として「自動車はオペラ」だと感じるのです。

電気自動車は大きいラジコン自動車のようなものだろうか

 そんな自動車産業に大きな変化の時期が来ています。中国を皮切りにした年限を決めての脱ガソリン自動車宣言、ヨーロッパ、アメリカと各国が先を争うような状況で、ついに菅総理大臣も脱ガソリン車を目指す方針を発表しました。すると即座に日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)が、「(日本の)自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」と異例の反論で危機感をあらわにしました。早くからハイブリッド車を供給し、最近では燃料電池自動車にも本気で取り組むトヨタ自動車トップの発言だけに一聴に値する言葉に違いありません。

 電気自動車(EV)は大きいラジコン自動車のようなものでしょうか。構成部品は、極端に言えば、モーターとバッテリー、ギア、タイヤをシャーシ上で組み合わせれば作れてしまう気がしなくもありません。実際に、日本電産の永守会長兼CEOは、部品点数がガソリンエンジン車に比べて飛躍的に少ないEVの普及を見こして「自動車の値段は5分の1程度になるだろう」と予言しています。

 こうなると、パソコンやスマートフォン、液晶テレビなどで繰り返されてきたコモディティ化した製品市場で日本企業が軒並み退場させられたあの哀しい情景がどうしても浮かんできてしまいます。しかも自動車は今や最終製品としてみれば日本が世界市場で競争力を維持する数少ない最後の砦、心配するなという方が無理な相談です。

タイカンの高い完成度に、圧倒的な説得力

 そんな中、ポルシェが100%EVスポーツカー「タイカン」をいち早く日本市場にも投入してきました。ポルシェと言えば、新車開発のベンチマークとして各社が活用するドイツ ニュルブルクリンクで最速ラップタイムを長年保持し、ル・マンをはじめとする数々のレースでも圧倒的な実績を有するガソリンエンジン時代のトップメーカーと言えます。もちろんエンジン開発への評価も高いことを考えれば、内燃機関へのこだわりがないわけがありません、そんなポルシェがなぜいち早くEVを投入してきたのか、一切内燃機関を持たない自動車がどのようなものであるかを知るためにも、実際のタイカンに試乗してみることにしました。

 タイカンのエンジンがないゆえのキャビン前後が低いフォルムは、すでに外観からガソリンエンジン車とは異質な雰囲気が漂います。室内は、ポルシェらしく華美でないものの精緻な作り込み、完成度の高さを隅々まで感じさせるもので、製品としての有無を言わさぬ説得力があります。スタートボタンが、パソコンの電源マークと同じであることにちょっとしたユーモアを感じながら走行を始めると、早速モーター駆動由来の圧倒的な発進トルクの「ワープ」という他ない加速感でこのクルマが従来の自動車と一線を画する何モノかであることを思い知らせてくれます。

 一方で通常走行している範囲では、やはり内燃機関動力車とは別次元の振動・ノイズの少なさが印象的で、装備されていたブルメスターのサラウンドオーディオが800Vシステムの恩恵もあるのでしょうか、運転する楽しさとは別のリスニングルームとしての自動車の楽しみ方を提案してくれもします。確かにEVは、自動運転やコネクテッド、つまりネット接続して音楽やエンターテイメントを楽しむ場、プラットフォームとしても想定されているものですから、エンジンの振動や騒音は無ければ無いに越したことはないに違いありません。

 「ポルシェが追求してきたのはパフォーマンスであって、その手段ではありません」(ポルシェ プロ、佐々木ヨハネス陽一氏)。確かに、やはりポルシェはブランディングが上手い。充電インフラ、走行可能距離やバッテリーの寿命など、まだまだ生活者が半信半疑の段階で、この本気度でタイカンを投入してくること自体が、「先進性」「トップパフォーマンスに妥協しない」というポルシェブランドの存在表明であることを悟らざるを得ません。

狂気までをもブランディングに活かす

 EVで先行するテスラには「インセインモード」という「スポーツモード」の上の走行モードが設定される車種があります。「インセイン」つまり狂った、狂気のという、およそ耐久消費財に使われない言葉のセンスは、テスラがその出発点から旧来型の製品群と違う発想で開発製造されたことを雄弁に物語ります。そして、そんなスタイルにファンは多くの欠点に目をつぶってもテスラを購入し支持します。そのメーカーとファンの関係性は黎明期のアップルにも似ています。

 そんなテスラは「ポルシェ 911ターボよりも速く、プライスは半分」と散々ポルシェを挑発してきましたが、今回そこにポルシェがタイカンでキッチリ返事をしてきたわけです。

 それにしても、そんな場外乱闘まで含めてファンとのエンゲージメント(関係性)を作っていくところに、ポルシェもテスラも次の時代の主役はオレだという強いアピールとブランド構築のしたたかさを感じずにはおれません。

 確かに、いまだ自動車の電動化には大きな論点が未解決のままです。自動車産業への野心を隠さずEVを推進する中国や、テスラを擁する米国には、ガソリンエンジンで日本メーカーに太刀打ちできないがゆえ競争のルール自体を自国の産業優位に変えてしまおうという思惑がないわけがありません。また発電工程を含めれば必ずしも電気自動車を普及させることがクリーンエネルギーにならないのではないかという議論もまだまだ十分深められていないことも事実です。

 しかしながら、どうも有無を言わさず試合のゴングが鳴ってしまったと、ポルシェタイカンに乗ると感じないわけにはいきません。考えてみれば、鉄道も蒸気機関からでディーゼル、電気と動力が変わりました。暖房も、ストーブからエアコンになりました。そんな電気製品に囲まれて過ごす我々が、理屈や理論を超えて電化された製品に進化を感じてしまうこともまた素朴な実感なのです。

 願わくば、日本の自動車メーカーが次の幕でも舞台の主役を張っている姿を強く期待しつつ、EV領域への圧倒的な提案も期待したいと思います。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら