高論卓説

副業で陥りやすいジレンマ 根本的な解決避け続けると鬱病の危険

 新型コロナウイルス禍での雇用不安やテレワークの浸透などを背景に、副業を始める人が増えている。副業を認める企業も最近、増加傾向にあるようだ。私のところに相談に訪れた、あるメーカーの営業部員Aさん(男性・30代後半)も副業を始めた一人である。(舟木彩乃)

 Aさんはトップセールスの成績を収めたことが何度もあり、自分のコミュニケーション能力の高さには自信を持っていた。そこで、副業として個人を対象に営業トークコンサルタントを始め、本業以上にのめり込んでいった。

 Aさんは、ゆくゆくはコンサルタントとしての起業を考えていたため、まずは副業で本業以上に稼ぐことを目標としていた。しかし、数カ月経っても副業ではほとんど収入が得られないという現実を目の当たりにしてジレンマに陥り、不快感や緊張感を覚えるようになった。そして、その心理的不快感を解消するため、「うまくいかないのは副業に集中できないからだ」と考え、自分の好ましくない状況を都合良く解釈することを試みていた。

 不快な情報や現行不一致を自分に都合良く解釈しようとする心理を「認知的不協和」といい、米社会心理学者のフェスティンガー(1919~89年)が提唱した。認知的不協和の説明で頻繁に引用される話にイソップ童話の「酸っぱいブドウ」がある。空腹のキツネがおいしそうなブドウが枝から垂れているのを見つけたものの、何度跳んでも届かず、「あのブドウはどうせ酸っぱくてまずいだろう、誰が食べるものか」という捨てぜりふを吐きながら去っていったという物語である。

 ブドウに対する「おいしそう」という認知と「何度跳んでも届かない」という認知の間に矛盾が生じ、キツネは不快感を抱いた。そこで、「おいしそうなブドウ」を「酸っぱくてまずいブドウ」に変換することで、2つの認知の均衡を保とうとしたのである。ダイエット中だがお菓子が食べたい、みんなで集まりたいけど感染の危険があるなど、私たちは矛盾した考えや状況を同時に持ち、不快感や違和感を覚えることがある。その矛盾は、自身の言動に一貫性を保ちたいという欲求を持つ人間にとっては不快であり、その矛盾を解消したいと考える。

 副業を始めた当初、Aさんは起業塾に通い集客の方法などを学んだが、なかなか結果を出せなかった。これについても「最初は出ていくお金の方が多いものだ」と都合の良い解釈を重ねていたが、やがて費用対効果が低く見通しも立たないことから、認知的不協和は強くなっていった。

 自分にとって都合の良い情報を探し続けることは、ストレス解消をする上で有効な手段にもなるが、都合の良くない客観的な情報をシャットアウトしすぎると現実逃避になる可能性がある。ストレス心理学では、現実逃避というストレス解消法を頻繁に使用することは、鬱病になる危険性があると指摘されている。問題の先送りをしているだけでは根本的な解決にならないからだ。

 Aさんは結局、副業に投資する時間や資金に制限を設け本業を生活のベースとしたことで、目が覚めたそうである。認知的不協和が生じた場合、自身の心理的な葛藤を緩和するために都合の良い解釈ばかりしていないか、落ち着いた状況で検証してみると良いだろう。

【プロフィル】舟木彩乃 ふなき・あやの ヒューマン・ケア科学博士。メンタルシンクタンク副社長。筑波大大学院博士課程修了。著書に『「首尾一貫感覚」で心を強くする』(小学館)がある。千葉県出身。