はじめまして。株式会社マイナビで、農業活性事業の責任者をしている池本と申します。
私は人材サービスを主な事業とする株式会社マイナビで、まったく新しい事業の柱を創ろうと、2017年に農業活性事業部を創設しました。同年8月には、総合農業情報サイト『マイナビ農業』を立ち上げています。
この連載では、立ち上げから4年間が経ち、自分自身が今も日々対峙している「農業」マーケットを収益性のあるビジネスとして捉えるためのヒント、そして日本全国で取り組まれている様々な事例についてお伝えしていこうと考えています。
「農業」に関する新規事業を検討している方や、農業関係者の皆様、さらには新たな分野で事業に挑もうとしている方など、様々な方の参考になる内容にできればと思います。
さて、第一回のテーマは「なぜ、マイナビ(私)は農業に関する事業に挑戦しているのか?」についてです。農業界に事業参入した理由や、私が日々考えている事などをお話しさせていただきます。
■まったく新しい事業を立ち上げる
なぜ『マイナビ農業』をスタートしたのか? というところからお伝えします。
私は2003年に新卒でマイナビ(旧毎日コミュニケーションズ)に入社してから企業の新卒採用を支援する就職情報事業本部に所属し、営業一筋でした。いわば「人材のプロ」として、日本を代表するようなリーディングカンパニーの採用をお手伝いすることに10年以上力を注いでいました。
就職情報事業は当社にとって基幹となる事業ですが、私が入社した当時はそのマーケットには強大な競合も存在し、すでに完成されていました。シェア争いを制して業界トップになることを事業の目標とし、なかば「義務」とされながら日々仕事をしていました。
入社13年目を迎えた2015年。営業統括部長として「強い営業組織」を先導する立場となり、初めて事業として掲げていた悲願ともいうべき目標を組織として達成しました。会社に貢献ができたという実感とメンバー教育の楽しさを覚え、充実した日々を送っていました。
2016年12月、執行役員に就任することとなり、同時に2つのミッションが会社から与えられました。1つ目は、時代の流れで赤字に近づきつつある事業部へ着任し、事業を立て直すこと。2つ目はその事業部をベースにして、未来ある事業を作り上げること。
事業を自ら考え、組織を活性化するという挑戦は未知の領域でしたが、新たなビジネスに挑戦したいと考え始めていた私にとってはとても嬉しい、ありがたいチャンスだと思い、何の迷いもなく即答したことを覚えています(その後の苦労も考えずに…(笑))。
■農業をテーマにするまでの1年 組織の立て直しと何をビジネスにするかの検討
新しい挑戦の旗振り役を引き受けた私が、まず取り掛かったのは既存事業の立て直し。立て直しについては、深く話をするとそれだけで超大作となるため(笑)今回の記事では割愛しますが、「新事業を半年後にはスタートする」というゴールを自らに課し、立て直しと同時に事業構想を練り続ける日々が続きました。
様々な事業を検討するにあたり、私の想いは「民間企業が上手く参入できていない領域や、社会的課題の大きい領域を事業創造の柱に出来ないか」というところに向かっていきました。そうした中、当時「農政改革」として社会的に話題となっていた「農業」に関心を持ち始めました。そして、調べれば調べるほど、「農業」という市場の課題が浮かび上がってきました。
マーケットリサーチのため全国を訪ね歩くにつれて、私の専門領域である「人材」の視点から農業を捉えた際に、圧倒的に他産業との違いがあることや、独特の状況があることが垣間見えました。
■『マイナビ農業』を創り出すまでの考察
「人材のプロ」としての着眼点で農業を見た時、下記の3つのポイントをまずは問題点として感じました。
1「農業従事者の減少・高齢化」
2「農業経営は新規参入がとても難しい」
3「後継者が育ちにくい」
まず1点目に感じた大きな問題点は「農業従事者の減少」そして「高齢化」です。これはよくニュースでも取り上げられる問題ですが、本当に深刻な状況です。
農林水産省の発表によると、2010年の「農業就業人口」は約260万人でした。しかしその後は、毎年10万~50万人ほど減り続け、私が事業参入を検討していた2016年には約200万人を下回るまで減少している状況でした。(※2020年現在では既に136万人ほどに大幅に減少しています)
2010年の農業就業人口のうち、65歳以上は約160万人で全体の約6割、平均年齢は65.8歳でした。2016年時点では、65歳以上は約118万人で全体の約7割を占め、平均年齢は66.8歳でした。(こちらも2020年現在では68歳に達しています)
この大幅な減少そして高齢化についての理由は何か? この問題の根本は調べれば調べる程根深く、複雑な要因があげられ、日本特有の地域差も生じているという事を感じました。(※日本で農業をキーワードにビジネスを検討する際「地域差」というのは大切なワードとなります。こちらは次回以降どこかのタイミングで詳しくお話していきたいと考えています)
様々な要因が考えられますが、最も大きなものとして「儲からない」ということがあげられると思います。近年、運送技術の向上から、海外から輸入されてくる農作物は品質も悪くなく、国産よりも安く手に入ります。そのため、国産の農作物も価格競争に巻き込まれ、思った金額では販売できないことも。農業を取り囲む環境はどんどん厳しくなっています。
こうした背景もあり、農業従事者の労働環境や収入は決して良いとは言えません。朝早くから夜遅くまで働いて、月収20万円にも満たない農家もいます。もちろん、個人農家として年収数千万円を上げる方もいますが、そうした生産者はごく一部。このような条件の悪さから、農業に従事する若者は減り、平均年齢は高齢化している状況です。
2点目として「農業経営は新規参入がとても難しい」ということ。その理由の一つに「初期投資が高額なこと」があげられます。
農業を始めるときには、「農地」や「農具」が欠かせません。最近では空いている土地が増えていると言われていますが、日本は中山間部が多く、生活をしやすい場所に農地を準備することは難しいのです。アクセスのいい場所に農地を準備しようとすると、高額な費用がかかります。トラクターをはじめとした農業用の機械を準備するとなると、中古のもので揃えたとしても100万円以上は必要になります。
地方自治体が農業を支援するために、新規農業従事者には支援金を配布していますが、必要額をまかなえる金額ではありません。
さらに「収入を得られるまでに時間がかかる」ことも農業への新規参入を困難にしています。農業を始めても、最初の1年から3年は土作りに注力しますし、その後も農作物ができてからでないと収益は発生しません。
やっとの思いで農作物を作っても、天候によって想定していた量や質のものが収穫できなかったり、災害などで出荷できなかったりすると、その分収益は下がります。初期費用が高額だが収益が出るまでに時間がかかるという点が、農業経営に新規参入する人の障害になっているのです。
最後に、3つ目の問題点として「後継者が育ちにくい」こと。農業は自然との関係でやり方が変わります。土の状態や気温によって、同じ作物でも作り方がぜんぜん違うのです。「このようにすれば絶対に成功する」というセオリーもありません。
また、問題が数値化されていないことも多く、可視化されていないという課題もあります。就業から一連の作業を体験するまでに長い期間を要するため、例えば年間1つの作物に取り組んでいた場合、10年経っても10回しかその一連の流れを経験できず、長年の「経験と勘」がものをいう世界という価値観があります。
そのため技術の継承が難しく、後継者に知識が受け継がれていかないのです。大規模農家では、スマート農業機械を利用したり、数値で生育環境のデータを管理したりと情報共有が進んでいるところもありますが、個人レベルで技術の継承が行われにくいことが、農業の発展を鈍足化しているといえるでしょう。
これまでの日本の農業は、農政やJAの存在によって守られてきた産業で、それは悪しきことではありません。ただ、業界を調査していくなかで、今の時代に合った農業を、収益性のあるビジネスにしていくということが求められているタイミングだと強く感じました。
農業界の中心にいる方々はもちろん、これから農業に何らかの形で関わる方の意識変革が必要なマーケットであると認識し、そうした状況を推測しながら、新規事業としてマイナビがどのように参入するかを検討した結果、当社の得意な人材ビジネスを農業の市場で展開しても難しいと判断しました。
そもそも人材採用にコストをかけるという概念が存在せず、採用予算をかけて人材を募集するという考え方を浸透するのにも時間を要すると感じました。
無理にサービスを立ち上げたとしても、3年くらいで収支が全く合わず、せっかく参入したマーケットから自ら撤収せざるを得ない状況になるのではないかと、直感していました。
まず我々に求められていること。それは、「もっとこの日本の農業の状況を知り、当事者の皆さんたちの声を聴くこと」「農業に興味・関心を持つ人の声を聴くこと」そして「農業を取り巻くステークホルダーの方々と一緒に未来を変えるビジネスを創り出すこと」なのではないかと考えました。
一手として、「寄合所」的なポータルサイトを作り、情報発信や直接的な活動を通して実現していこうと、農業総合情報サイト『マイナビ農業』を立ち上げることとしました。情報サイトを通して、農業を収益性のあるビジネスに変革していく優れた事例を世に配信しながら、このマーケットに取り組む沢山の方々とお会いし、直接お話すること。そして「変革」のための事実をしっかりと世の中に配信することを通して、多くの人が農業に抱いているステレオタイプを変革させていくためのフラッグシップとして『マイナビ農業』をスタートしました。
当初の『マイナビ農業』のビジネスモデルはシンプルで、広告記事制作やバナー掲載等を収益源とする情報メディアです。当時は、農業専門の大規模なWebメディアは存在しておらず、まさにフロンティアな市場を創り出すところからのスタートとなりました。
そこからさまざまな経験を経て今日に至るのですが、まだまだ我々の事業も道半ば。日々試行錯誤しながらマーケットと向き合っている状況です。
ただ、事業を開始して3年を超え、今年で4年目を迎えられたことは手前味噌ながら誇れることです。通常のマーケットと比較すると成長の進捗はやや遅いかもしれませんが、確実に、着実に、成長を実感しています。
今回は私の自己紹介、そして『マイナビ農業』の立ち上げに至った経緯について振り返りました。次回以降、「農業」マーケットを如何に採算のとれるビジネスとして捉えていくかを様々な取り組みを事例にお伝えしていきます!今後ともよろしくお願いします。
【「ビジネス視点」で読み解く農業】「農業」マーケットを如何に採算のとれるビジネスとして捉えていくか-総合農業情報サイト『マイナビ農業』の池本博則氏が様々な取り組みを事例をもとにお伝えしていきます。更新は原則、隔週木曜日です。アーカイブはこちら