「ビジネス視点」で読み解く農業

農業ビジネスに参入する企業が知っておくべき3つの「当たり前」

池本博則

 今回は農業ビジネスを実行していく上で「当たり前」に理解しておくべきこと、大切にしなくてはいけないことを、いくつか挙げさせていただきます。実際に農業界への参入を検討している企業の方や、技術を農業分野に提供したいと考えている企業の方も、市場に飛び込む前に今回の「当たり前」のことをぜひ知っておいてください。他業界にお勤めの方に関しても、農業の世界はこういうものなんだなと感じていただければと思います。

 ※今回挙げる「当たり前」は、私自身が農業界に参入してから初めて理解したことです。「そんなの最初から知ってて当たり前でしょ」と思われるかもしれませんが、どうぞご容赦ください(笑)

(1)日本の農業には地域性がある

 農業をはじめとする第1次産業は、その地域の自然・気候・風土に深く根付いたものです。とくに農業は、大規模な施設園芸や植物工場などを除いて、取り扱う農作物の育成・栽培条件が、地域の自然・気候・風土に適合していなければ、始まらない産業です。この「地域性」こそが、地域の農林水産物の差別化の源泉になっています。

 日本は美しい四季の存在する国ですが、北海道で営まれる農業、たとえば栽培に適した品種は、沖縄のそれとは全く違うものです。地域性に基づく差別化は、技術によるものとは異なり、「模倣困難性」を有するともいえるでしょう。農業と地域の結びつきは、土壌や水の成分といった環境条件、日照時間や気温といった気候条件が背景にあるため、品質等も含めて生産物を全く同じように模倣するのは難しいのです。

 また、認定基準を満たせば、原産地呼称や地域ブランドが法的な保護を受けられるることもあり、この点でも強い模倣困難性を持ちます。この農業と地域の結びつきによる差別化は、地域産業の競争力を考える上で非常に重要です。

 加えて、日本の地域には農地や住宅地も含めた特有のコミュニティが存在することを理解し、尊重することも重要です。農業界で事業を行うためには、そのコミュニティと良好な関係性を築き、相互理解を深めることが必要不可欠になります。

・地域を理解せずに参入し、撤退したケースも

 数年前、ある企業が地方で広大な土地を購入し、地域住民に説明無く、その地域でこれまで産地として作って来なかった作物を導入し、異業種からの参入を試みたことがありました。

 地域と密接に関わることになるビジネスに参入する際は綿密に自治体に相談し、地元生産者とのリレーションを図り、地域コミュニティとの関係性や、様々な協力体制を創り出すということが必要です。そうしたプロセスを構築することが出来ず、人材を募集しても求人は集まらない、苦労して作った作物は自分たちのルートでしか販売出来ない。3年後にはとうとう事業撤退というケースもありました。

 農業の場合、参入する地域を一度決めたら、その地域を支えて、住民の方々と一緒に地域を盛り上げていくことが必要不可欠であり、企業の事業計画を淡々と進めるだけでは、成功はありえないといえます。

 農業経営を行うということ、それはすなわち地域との強い結びつきのなかで、地域産業の競争力向上をリードする「地域のコーディネーター」としての役割を担わなくてはいけないということを認識するのが大切です。民間企業が農業に参入する際に、失敗する例として多いのは、この「地域との結びつき」をおざなりにしてしまったり、上手く関係性が持てなかったりすることが挙げられます。

 地域農業と地域のコラボレーション・連携は、農業経営者にとしてビジネスをする上でもっととも「当たり前」であり、大切にしなくてはいけない要素です。

 農業活性は地域活性とイコールです。民間企業として事業参入する際は、そうした意識をまず持たなくてはいけないということです。

(2)作物を作る技術は偉大であり長年培われてきたものである

 現代の農業が抱えるさまざまな課題を解決するためのキーワードとして、昨今「スマート農業」が頻繁に取り上げられています。ロボット、AI、IoTなど先端技術の活用によって農業構造改革を進めるための国ぐるみの取り組みであり、2019年には全国69カ所で「スマート農業実証プロジェクト」として推進しています。

 多くの民間企業が自社の技術を応用し、農業の課題に向き合い盛んにソリューションを普及させようとしていますし、未来の農業のためにはとても大切な、振興すべき取り組みであります。

 ただ、この分野を推進するための前提があります。それは、これまで日本各地で行われてきた、地域特性を熟知したベテラン生産者の農業技術は圧倒的な財産であり、地域にとっての最大の強みであるということです。そのことを当たり前に理解した上で、宝である匠の熟練の技を次世代に確実に受け継いでいくこと。この「事業継承」がスマート農業普及の根幹にあることを忘れてはいけません。

 農業界においてAIやIoT、ロボット技術を活用しイノベーションを提供したい企業こそ、技術のイノベーションだけで課題解決するのではなく、「匠」と呼ばれるベテラン生産者の持つ価値を尊重するべきです。具体的に尊重すべき価値として下記の3点が挙げられます。

・匠の手

 過酷な農作業を多角的に省力化、効率化するため、自動運転トラクタやコンバイン自動運転田植、ドローン技術などを用いながらも、生産者のこれまでの経験を生かし、そしてそれぞれの地域特性に合った改革が必要になります。

・匠の観察眼、触感

 各種センサーやモニタリングIoT、衛星によるリモートセンシングなど生産者がこれまで「感覚」で行っていた栽培ノウハウを軽視せずに、数値化することが必要になります。

・匠の頭脳

 自動制御やAI、ビッグデータ解析をするならば、生産者のこれまでの経験・勘に裏打ちされた判断力は、まさに技術の神髄であります。如何にこの部分をデータ化、見える化できるかが求められます。

■(3)優れた農業経営者は優れたビジネスマンである

 農業界に参入してから最も私が衝撃を受けて、かつ最も当たり前のこと。それは「優れた農業経営者は優れたビジネスマンである」ということです。彼らからは学ぶべきことが多いと日々強く感じています。

 優秀な農業経営者のみなさんに共通すること。それは問題解決に向けてプロセスをしっかりと考え、スピーディーに行動している方が多いということです。

たとえば、課題解決のためのフレームワークでよく用いられる「空・雨・傘」という思考整理の方法があります。農業経営者のみなさんは共通して、自ずとこのフレームワークを使って瞬時に合理的な判断ができるという秀でた特性を持っています。「空・雨・傘」とは物事を解決するまでの流れを、天候に例えたフレームワークです。

「空」は現状認識、「雨」は現状分析、「傘」は解決方法の象徴です。「空に黒い雲がかかってきた」という現状から「雨が降るだろう」と分析し、「だから傘を持っていこう」と雨に濡れないための解決方法を探す合理的な手段です。

 農業経営者は、自然と対峙しながら、常に判断に迫られています。いつ種まきをするべきか、相場や作物の状態を鑑みつつ、いつ収獲するべきかなど、場合によっては分・秒単位で重大な経営判断を重ねていかなければなりません。それにより培われた判断力、スピード感、課題解決力といった経営センスが、他業界の経営者よりも優れている方々に多く出会ってきました。

 これは農業界へ進出し、経営者になることを目指す方にとってとても大切な素養です。同時に、ビジネスパートナーとして農業者のみなさんと関わる際は、こうした優れた特性を持った方とビジネスをしていくんだという覚悟と気合を持って臨まなくてはいけないということを知っておくべきだと思います。

 今回の連載では農業界でビジネスに対峙していくために、「当たり前」に知っておいて欲しいということを述べさせていただきました。

 いよいよ第3回目からはマイナビ農業がおこなっている実際の事例を通して、農業ビジネスの最前線をご紹介していけたらと思っております。引き続きよろしくお願いいたします。

池本博則(いけもと・ひろのり) 株式会社マイナビ 執行役員 農業活性事業部事業部長
徳島県出身。2003年に株式会社マイナビ入社。就職情報事業本部で国内外大手企業の採用活動の支援を担当。17年8月より農業情報総合サイト「マイナビ農業」をスタートし、本格的に新規事業として農業分野に参入。「農業の未来を良くする」というVISIONを掲げ、日々農業に係る全ての人に「楽しい」「便利」「面白い」サービスを提供できる事業の創出のため土いじりから講演活動まで日本全国を奔走中!

【「ビジネス視点」で読み解く農業】「農業」マーケットを如何に採算のとれるビジネスとして捉えていくか-総合農業情報サイト『マイナビ農業』の池本博則氏が様々な取り組みを事例をもとにお伝えしていきます。更新は原則、隔週木曜日です。アーカイブはこちら