ブランドウォッチング

食のエンターテインメント性を加速 スシローのあくなき合理化精神

秋月涼佑

 外国の方が日本を訪れたとき印象として必ず指摘する「伝統的なもの」と「未来的なもの」が混在融合することから生まれる独特な都市の表情。テレビ番組や、東京を舞台にした詩的映画ソフィア・コッポラ監督「ロスト・イン・トランスレーション」など様々フィーチャーされてもきました。

 とりわけ「回転寿司」という日本発祥のレストラン業態は、生魚という外国人から見れば文字通り“生々しく”感じる食材をロボティックなシステムで提供することで象徴的に「日本的な」何かを感じさせるようです。

 そもそも寿司自体がいかにも日本人的な工夫や合理精神を体現しているようにも思われます。冷蔵庫もない時代に魚介類に仕事をすることで旨味を引き出すのと一石二鳥の保存性を確保するという技術は自然発生的なものではあるでしょうが、数多(あまた)の要求事項に応えた上で最もシンプルなスタイルに落とし込むという美学を感じさせます。

 生活者との関係においても、当時世界最大の都市であった江戸の都市生活者”江戸っ子”の気質(かたぎ)、手っ取り早く、気の利いたものをかっこみたいという要望に正面から答えた、屋台で供されたことも含めてのイノベーションに違いありません。

 そう考えると、回転寿司という当の日本人にしてから当初は異色と感じたスタイルも、用の機微を究めたまさに寿司の歴史・文化的文脈にまさにふさわしいものと言えるのではないでしょうか。

■「自動土産」ロッカーをいち早く導入

 緊急事態宣言中ではありましたが、日曜日の昼下がり、東京下町地域の某「スシロー」は感染対策がしっかりされていることの安心感もあるのでしょうし、夜の外食がし難い中でつかの間外食を楽しもうという人たちで大変賑わっていました。確かに、元々キッチリし切られたテーブル席は家族や友人単位で過ごす構造です。

 カウンター席も一人利用や横向き二人での少人数利用がメイン。実際に回転している寿司は多くなく、タッチパネルでオーダーすれば、お皿は結構なスピードでテーブルまで専用レーンの上を運ばれてきます。店員さんとの直接のやり取りはかなり限定的な非接触スタイルは、アフターコロナも含めたコロナ時代にとても親和性の高いサービスだとあらためて感じます。

 さらに来店時のチェックイン、待合もタッチパネルやスマホアプリ連携、お会計もセルフ方式をいち早く採用アップデートしているあたりも、合理化精神でリーズナブルなのに美味しいを実現してきた回転寿司業界、そのトップランナーとしての先進性へのこだわりを感じます。

 何より、筆者の訪問した「スシロー」店舗では、さっそくテイクアウト用のスシローオリジナル「自動土産ロッカー」が店頭に設置されていました。店員さんの負担を増やさず、テイクアウト品を引き取るお客さん側も待たずに持ち帰れる一石二鳥を狙った施策と思われますが、実際にこのような設備を大々的に導入している業態を他に見かけないことを考えれば、オートメーション化、機械化に対する情熱にウソ偽りがないことを何より証明しています。

■「食べるという行為」の「自由さ」を最大限に追求

 それにしてもこの飲食業にとって苛酷な時代に「スシロー」の業績は堅調、回転寿司業態自体も売り上げを落としていないのには刮目させられます。(スシロー、くら寿司はコロナ禍でも加速 業界2強が都心に出店攻勢)

 あらためて支持される理由を考えると、先述のコロナ時代に強い非接触型オペレーションももちろんありますが、何より回転寿司ならではのエンターテインメント性が、減ってしまった外食機会の中だからこそ際立つのではないかと思います。

 人間にとって本能レベルでうれしいことの切り口は少なからずあるでしょうけれど、自分で何かを選択する楽しさ。これはなかなかどうしてそんなヒエラルキーの上位にあるのではないでしょうか。メニューが少ないレストランは味気ない、一方で悩むほどメニューが多くて本気で文句を言う人はいません。

 異色のヒットドラマ「孤独のグルメ」冒頭の惹句「時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼は自分勝手になり、自由になる。 誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為。 この行為こそが、現代人に平等に与えられた最高のいやし、と言えるのである。」

 まさにそんな「食べるという行為」の「自由さ」を最大限に追求したスタイルが回転寿司ではないでしょうか。

 老若男女、おじいちゃんから幼児までが一つのテーブルでまさに思い思い「自由」にオーダーを楽しむわけですから、お皿が積み上がって当然です。しかも絶妙なのは、スシローで言えば110円、165円、330円(すべて税込み)と基本3種類の考えてみれば大胆なほどに大きな価格差がある一皿一皿を、各自それなりの経済感覚と奮発心、大蔵大臣の顔色などで算段するわけですから単純なエンターテインメントではありません。

 そして最後にみんながこれほど大満足したという段でのお会計に納得感が高いからこそ「また来よう」となるに違いありません。

■「素っ気なさ」もブランディングのうち

 そう考えると、「スシロー」についてブランディングのテクニカルを語ってもあまり意味がないように感じます。生活者は「回転寿司」という業態をすでに支持しています。「のれん」について言えば、そのみんなが好きな「回転寿司」で一等美味しくて、安いお店という識別さえできれば事足りるのかもしれません。

 かつてそば屋は「藪」か「更科」「砂場」、角にある”めし屋”ならば「かどや」とのれん分けの関係上も色々な店名は存在しなかったわけですが、人気店は自ずとはっきりしていたに違いありません。

 「スシロー」は大阪発祥とのことですが、赤丸にスミ文字で「スシロー」だけの看板を眺めていると「しゃらくさいことは嫌いだぜ」と江戸前寿司を扱う中での、江戸気質さえ感じてしまうのです。

 さて日曜日の昼下がりでもあり、隣の席では夜にできない「お疲れ様」を、ささやかに行う地元のお仲間のグループが結構な数のジョッキを空けていました。

 「スシロー」は都心部の出店も加速させるとのこと(スシロー、くら寿司はコロナ禍でも加速 業界2強が都心に出店攻勢)。オフィス街であればチョイ飲み需要も受け止めながらのさらなる進化にも期待したいところです。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら