「事業承継」について解説する連載コラムの第5回は、後継者が事業承継を行う際に注意すべきポイントについて、前回に引き続き家族承継を中心に解説いたします。
最近では、「ベンチャー型事業承継」(経産省WEBサイト)に積極的な後継者も増えています。先代から受け継いだ経営資源を活用し新規事業、業態転換、新市場開拓など、「事業変革」に挑戦することでより良い企業にしていこうという取り組みです。今回はそんな後継者に伝えたい注意点を解説していきます。
「事業承継計画表」を構築していく中で、先代が築いた事業を引き継ぐ事にリアリティを感じ、本格的に事業を譲り受ける立場になると、使命感や責任感のあまり、独善的になるケースもあります。そうした失敗を避けるために、後継者が意識すべきポイントをまとめます。
- 会社を築き上げたのは、社長であり社員のみなさまだということを忘れない
- 新規事業を立ち上げの際は、古くからの社員の意見を取り入れる
- 孤立しないため「チーム」を形成する
- 今だけでなく、過去の取引先も大切にする
「会社を築き上げたのは、社長であり社員のみなさま」
事業承継は、一人で新規事業を始める訳ではありません。第4回でも記載しましたが、先代経営者が培ってきた、歴史・想い・取引先を汲み取って事業を引き継ぐことがとても大切です。
それと同時に、会社を築き上げて来た過程には、先代社長と一緒に戦ってきた社員のみなさまがいることを忘れてはなりません。時には、社長よりも現業に関して詳しいこともありますし、安定した事業の根幹には、社員のみなさまの社内・取引先に対する気配りがあるかもしれません。家族承継における後継者は、社長になることが決められており、会社を動かす立場になります。しかし、決して一人で動かす訳ではないのです。
事業承継前の学生時代に経営を学んだり、サラリーマン経験の中で多くの実績を作ったとしても、場合によっては、実務を行う際には、既存の社員のみなさまの力が必要となります。社長になることが前提だからこそ、既存の社員のみなさまの業務を労い、思いや話に耳を傾ける必要があります。
新規事業を立ち上げる際は、古くからの社員の意見に耳を傾ける
若き後継者は、事業を譲り受ける際に、事業の変革を望むケースも少なくありません。時代に、合わせた事業の変革を行い、企業をより拡大・成長させるイメージを描くことは、これからの時代、事業承継の形の一つとしてスタンダードになっていくと考えられます。
実際に、私がインタビューした後継者の中には、酒蔵を引き継いだ際、製造工程を見直し、事業運営方法を変革した方や、居酒屋から通販事業に切り替えられた方など、事業の変革を行って成功されている方々が多くいらっしゃいました。
事業を変革することで、会社を成長させていく。最近では、「ベンチャー型事業承継」という言われ方をすることもあります。
ベンチャー型事業承継の際におすすめしたいのは、先代社長そして、先代と共に会社を大きくしてきた社員のみなさまにしっかりと話を聞く、事業変革プランや事業承継プランを共有することです。下記のようなメリットを享受することができるからです。
- 事業変革をしようとした過去の事例や経緯を聞くことができる
- 事業変革プラン遂行の上で有益な取引先があるという情報を得られる
- 事業変革プランの共有で、既存の社員のモチベーションが上がる
- 事業承継プランの共有で、既存事業にもメリットが生まれる
既存の社員のみなさまは、後継者を迎え入れることで、「何かが変わってしまう」という、大なり小なり不安を感じるはずです。その中で、何が変わるかわからないということだと不信感につながります。オープンに共有することと同時に、低姿勢で、アドバイスを求めることで、既存事業との連携がしやすくなり、チームワークを生み出すヒントになります。
孤立しないための「チーム形成」テクニック
多くの後継者のインタビューをする中でわかったことですが、事業承継後、後継者が社内で孤立しないためのテクニックがあります。
事業承継を行う際に自分が信頼できるビジネスパートナーも一緒に事業に参画する
経営者として主要な取引先周りや業績などと向き合うことで、既存の社員と向き合う時間が取れなくなることが少なくありません。その際に、現場のスタッフの想いや今までの事業の進め方をキャッチアップするために、管理職ではなく、現場スタッフとして信頼のおけるビジネスパートナーにも一緒に働いてもらうということです。
ビジネスパートナーの参画により、既存の社員のみなさまからは、現業を把握しようとする姿勢を感じてもらえたり、社長が変わることでの不安や愚痴を聞くことができ、事業変革のスケジュールなどに反映させることが可能となります。
以下は、実際に事業承継時にビジネスパートナーを現場スタッフとして入れた際の後継者の感想です。
- 既存のスタッフの働きぶりについて適時情報共有を受けていたおかげで、評価がしやすくなった
- 既存事業の中で、有益な事業などを知ることができ、事業変革の戦略に反映させることができた
- 自分自身が既存社員と面談をした時には出なかった愚痴や不安などを拾うことが出来たので、社員のみんなとより率直に向き合うことが出来た
- 社員の働きぶりでの改善点を見つけることができ、事業変革ではなく、まずは既存事業の効率化改善を行うことができ、それが社員のモチベーションアップにつながった
上記のように、後継者の方々からは好転させることが出来た事例を伺うことが出来ています。家族承継において、経営者として一人で参画すると孤立してしまう可能性が増しますが、このように、自分にとって馴染みの深いパートナーに現場職員として参加してもらうことで、双方向で企業の運営実態を把握できます。
今だけでなく過去の取引先も大切に
最後にお伝えしたいのは、過去に取引のあった企業・現在も取引をしている企業を大切にすることです。
後継者として、事業を引き継ぐ中で、金融機関や、過去の取引先周りを行うことは少なくありません。その際に、事業変革に気持ちが先走ってしまったり、新たな取引先開拓を優先してしまったりすることで、今までの取引先を蔑ろにしてしまうケースが少なくありません。
古い企業の場合は、地場・地域に根ざした企業としての取引が行われており、古くからの付き合い、場合によっては、おじいさまの代からの付き合いといった取引先もよくあるでしょう。そうした歴史を重んじることで、取引先や社員のみなさまもきっとあたたかく迎え入れてくれます。
以前インタビューした会計事務所の後継者の方は、ご自身で事業承継時に既存の取引先を招いたセレモニーを主催したとおっしゃっていました。先代を敬い、感謝を伝えると共に、今までの取引先のみなさま・既存の社員のみなさまを招いたイベントです。自己紹介としてプロフィールなどもお伝えし、「若い経営者になっていく覚悟」をお伝えする場を設けることで、ご自身の覚悟も固まったということです。
こうした小さな工夫を重ねることでスムーズな事業承継が実施出来ます。
後継者にとって重要なのは「リスペクト」
ベンチャー型事業承継に代表されるような、「事業承継時に行う事業変革」は後継者にとって事業承継を行うためのモチベーションの一つであると思います。しかし、過去の功労者が築き上げてきたものがあっての事業承継です。まずは、既存の事業を理解し、リスペクトを忘れずに、企業や事業を後継者の色に染めていくことをお勧めいたします。
【長寿企業大国ニッポンのいま】は、「大廃業時代」の到来が危惧される日本において、中小企業がこれまで育ててきた事業や技術を次の世代にスムーズにつなぐための知識やノウハウを、事業承継士の葛谷篤志氏が解説する「事業承継」コラムです。アーカイブはこちら