6月2日、いきものがかりから、ギターの山下穂尊の脱退が発表された。今年の夏をめどに脱退し、芸能界を引退。作曲、執筆などの創作活動をはじめとする新たな道に進むという。
国民的音楽グループ「いきものがかり」
いきものがかりは「国民的」音楽グループだ。音楽との接点、ジャンルなどが多様化している中、今どき「国民的」であることは難しいのだが、ファンではなくても、誰もが存在を知っていて、口ずさむことができる。そんなグループだ。
そう、いきものがかりの素晴らしさは、「歌われる」「口ずさまれる」ことにある。
私も彼らの音楽は好きだ。ライブも一度だけ観たことがある。音源や音楽番組のパフォーマンスだけでは伝わってこない熱に圧倒された。もっとも、「ファンだ」さらには「大ファンだ」と言い切るのは、少しためらってしまう。私よりも熱狂的なファンはいるはずだし、私がもっと熱を入れているアーティストは他にもいる。ただ、いつも近くにある気がして、最高に上質で、親しみやすい歌を歌ってくれる。それが、いきものがかりの魅力だと私は感じている。
しかも、いきものがかりの曲はどんなシーンにもハマる。デビュー曲の「SAKURA」は、春だけでなく季節の変化を感じる瞬間にハマるし、合唱のNコン中学生の部で課題曲となった「YELL」も、悲しい時にも、頑張っている時にもハマる。NHKロンドン五輪・パラリンピック放送テーマソングとなった「風が吹いている」は、スケールの大きなバラードだが、素晴らしい景色をみて気分が晴れているときにも、仕事が修羅場で気持ちが荒んでいるときにも、私の頭の中に自然と流れる曲だ。いきものがかりファンの中で、決して“ガチ勢”ではなく、むしろライトなファンである私がこのように語ってしまう。これもまた、いきものがかりが国民的なグループであることを示しているといえる。
「いきものがかり」というグループ名の由来は、メンバーの水野良樹と山下穂尊が小学校の同級生で、生き物係だったことに由来するという。そこに途中から同級生の妹の吉岡聖恵が参加し、現在の体制となった。
山下穂尊は、グループのオリジナルメンバーであり、グループ名の由来ともなった共通体験の持ち主でもある。その大事なメンバーが脱退するにあたって、リーダー水野良樹が6月2日にしたツイートが泣けた。
「青春物語がひとつ終わりを迎えることになりました。あいつと友達に戻れることに、どこかホッとしています。俺ら、信じられない景色を見れたよなー。すっげー楽しかったなー。残る方も旅立つ方も大変だけれど、3人は元気だし、一緒に笑ってます。これからもよろしく。」
いきものがかりの成り立ちと、その成功が、このツイートにすべてが込められているように思えた。
さて、今回はこの脱退劇からビジネスパーソンが何を学ぶべきかを考えてみよう。彼らが国民的音楽グループになるまでのキャリアと、メンバーの脱退から、私たちが学ぶべきことがある。
いきものがかりは「計画的偶発性理論」そのもの
いきものがかりは、スタンフォード大学の心理学者、ジョン・D・クランボルツの「計画的偶発性理論」そのもののようなグループである。簡単に説明するならば、「キャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される」というものである。水野と山下の出会い、二人とも生き物係だったことも偶然、吉岡に声をかけたことも偶然だった。いや、これだけのレジェンドグループにおいては、いまや「運命」「必然」のようにも見えてしまうが、実は偶発性の塊のようなグループと言える。
この偶発性を高めるためには、「好奇心」「持続性」「楽観性」「柔軟性」「冒険心」の5つが必要だとされる。結成前も結成後も、このグループやメンバーは、この5つのポイントを見事なまでにおさえていなかったか。水野良樹の「俺ら、信じられない景色を見れたよなー。すっげー楽しかったなー」というツイートに、見事に凝縮されているように思える。
私たちは、いきものがかりにはなれない可能性が高いし、別にならなくてもいい。ただ、彼らのキャリアからも、偶発的なことによって決定されること、「好奇心」「持続性」「楽観性」「柔軟性」「冒険心」の5つを大切にするべきだということを学びたい。
誰にでも「存在意義」がある
ところで、いきものがかりの主要な曲は水野良樹が書いている。そして、グループの特徴は吉岡聖恵の歌声にあることは間違いない。ファン以外や、ライトなファンほど「山下穂尊の存在意義は?」と思う人もいるかもしれない。表面的には、水野良樹ほど売れる曲を書いているわけでも、ギターが突出して上手いわけでもない。しかし、バンドにおいて、メンバーに求められるのは作曲能力や演奏力だけではないのである。
バンドで「なぜ、この人がいるの?」というメンバーには意外な存在意義があるものだ。「明らかに下手なのだけど」というメンバーがいる場合も、実はそれが強烈な味になっていることがある。特にロックバンドの場合、メジャー・デビューと同時にドラマーがスタジオ・ミュージシャン出身の、つまりカッチリとしたスキルがある人に交代することもあるが、意外にも前任の上手いとはいえないドラマーが、そのバンドのサウンドに大きく貢献していたことが明らかになることもある。
ビジネスパーソンも、自分自身の「メンバーチェンジ」について考えてみよう。あなた自身が、今の会社・部署にいつまでいるのかということである。バンドメンバーが変化するように、組織のメンバーも変化していく。自分がいま、その会社、その部署にいる理由を考えたい。
別に会社を辞めなくても、「異動」すれば新しいことにはチャレンジできるし、人間関係も完全にではないがリセットすることができる。また、昨今では副業を解禁、容認する企業も増えている。アーティストの「ソロ活動」ではないが、やりたいことが現状の会社、部署で実現できていないなら、副業で解決するという手もある。
ときには、自分自身の存在意義を問われ、悩んでしまう人もいることだろう。「俺って何のためにいるのだろう?」と自分を責める人もいるかもしれない。ただ、前述のバンドメンバーと同じように、何でもないようで「大事な存在」という人はいる。組織の雰囲気をよくしたり、組織間の壁を壊すことに貢献したりする人だ。彼らの存在は表向きの「成果」として見えにくいが、会社風土を良くするために重要な存在になっていたりする。自分の存在意義に悩んでしまう人は、会社を辞める前に、一度立ち止まって自分と会社を見つめ直してみてほしい。
長々と書いてきたが、最後に一言だけ。今回の脱退はいきものがかりメンバーにとって苦渋の決断だったと思う。ただ、いきものがかりと、山下穂尊それぞれの新しい章が始まることについて、私はワクワクと期待しかない。これからもぜひ、歌われる曲をつくってほしい。ありがとう。
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