働き方ラボ

「ドラゴン桜」と明るく楽しいブラック企業 「努力」という言葉を手放す効果

常見陽平

 ドラマ版『ドラゴン桜』が最終回を迎えた。いよいよやってきた東大入試、東大専科の生徒たちの合格シーン、合格の知らせに湧く教員たち、学園を買収から守るための攻防、最後の桜木建二先生の熱弁など見どころ満載だった。新垣結衣などドラマの前作の出演者がサプライズ登場したことも話題となった。私は妻と娘と一緒に見たが、隣で妻は泣いていたし、娘も夢中になっていた。私も泣いた。

 原作の漫画『ドラゴン桜2』(三田紀房 コルク)も最終巻が発売された。ドラマ版と比較すると登場人物は少なく、学園買収をめぐるドラマも設定が異なるが、より具体的に受験対策のノウハウを紹介している。個人的には、阿部寛の熱演もあって“熱血漢”となった主人公がグイグイ引っ張るドラマ版と、淡々と、かつ確実に対策に取り組み、成果を出していく漫画版という印象だった。

 今回はこの『ドラゴン桜』を取り上げる。普段のビジネスにおいて、この作品から学ぶべきこと、さらには学んではいけない点について考える。

 「ドラゴン桜」から学ぶべきこと

 私はビジネスパーソンがこの作品から学ぶべき点は、困難だと思われる目標と冷静に向き合うこと、さらにはその目標に向かって具体的に取り組むことだと考える。言うまでもなく、東大は受験の偏差値・難易度において日本最高峰の大学である。そこに入学・卒業したという経歴のステイタスも相当高いと言えるだろう。「東大生は使えない」「世界の大学と比べると東大はまだまだだ」などの言説は昔も今もあるが、これもまた東大が注目を集めていることの裏返しではないか。

 東大など自分には無理だ、無縁だと思ってしまいがちだが、入試で出題される問題や科目構成、取るべき点数などを冷静に考え、然るべき対策をすると東大合格は可能であるということを、この作品は示している。つまり、一見すると難易度が高い目標に見えても、解決策は見えることを明らかにしている。

 普段の仕事の中で、「そんなことは無理だ」と決めつけているものはないだろうか。たとえば、競合からのシェア奪還、難攻不落の取引先からの契約、革新的な新商品の提案などだ。東大受験ですら、冷静に分解すると見え方は変わるのだ。同作品のように、難易度の因数分解をすると、解決策が見えてくるのではないか。

 「努力」「頑張り」という言葉を手放す

 この作品の魅力は、個性豊かな講師陣が、東大受験の対策法を伝授することである。中には、奇策のように見えるものもある。ユーチューブに英語で話す動画を投稿する、小学校の計算ドリルからやり直す、リスニング問題ではあえてメモをとらないなどだ。ただ、奇策のようで、実は入試を突破するために求められる能力を鍛えるものになっている。

 ビジネスにおいても、一見すると奇策のようで、合理的なものが多数ある。このような必勝法を考えるのは有益だ。

 やや昔話ではあるが、リクルートのグルメクーポンフリーペーパー『ホットペッパー』の立ち上げ期には「念仏」と呼ばれる考えがあった。これだけを唱えて実行していたら、目標を達成できるというものだ。たとえば「新人は1日25軒の飲食店に飛び込み営業しろ」というもの。これは、計算を重ねた結果、その数をこなすと経験が浅い人でも目標達成ができるし、スキルが上がるというものだった。

 漫画版を読んでいて、私はこの作品に同種のものを感じた。受験生たちはみな「努力」「頑張り」という言葉を手放して受験に取り組んでいる。そうした言葉を使うと、充分にできない自分を責めてしまうことがある。それよりも「淡々と行動を繰り返し、経験をためる」ことの方が効率的である。淡々とやったところで、それが結果的に「努力」であり「頑張り」であることは変わらないのだ。

 ドラゴン桜は「明るく楽しいブラック企業」?

 もっとも、この『ドラゴン桜』的な世界観や方法はやや危険をはらんでいる。それは、同作品への批判で時折見られる「学力の本質とはそういうものじゃない」「東大受験をなめるな」「東大をバカにするな」といった類のものでも、「バカとブスほど東大に行け」という象徴的なセリフの錯誤感でもない。

 私はこの作品は、「明るく楽しいブラック企業」を描いたものだとも解釈した。そう、これはブラック企業のメソッドではないかと。

 前提として確認しておきたいのは、ブラック企業の中には従業員が楽しそうに働いている企業もあるということだ。活気に満ち溢れているし、いちいち達成感もある。成果を出せば、高額のインセンティブが支払われる企業もある。昇進・昇格も早く、若くして抜擢される。これらの企業は業績アップと、そのための従業員のモチベーションアップに過度に力を入れている。

 「世間ではブラック企業だと言われるが、ウチの職場は最高だ」。こんな声を聞いたことがある人もいることだろう。そう、ブラック企業は、働いている人たちにとっては快適だったりもするのだ。冷静に考えると、かなり無理な仕事をさせられていることもあるのだが。

 『ドラゴン桜』では、自信を持てない、成績もあまりよくない生徒を支え、確実に成績を伸ばし、彼ら彼女たちに達成感を味わってもらうことができた。ただ、昨今ではルールもツールも変わり、以前ほど気合いと根性型の努力が必要とされなくなった。「いつの間にか過度に努力してしまっている状態」は、これはこれで危ういのだ。『ドラゴン桜2』を読みながら考えてみよう 。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部准教授
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部准教授。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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