働き方ラボ

「飲んだ次の日ほど、朝一番に出社しろ」心に残る“サラリーマン格言”を考える

常見陽平

 「夜に駆けるのが、yoasobi。朝にかけるのが中年」。早起きをして仕事をしていたときに、こんなことをつぶやいたら「うまい!」「名言!」というコメントを多数頂いた。「こんな格言もあるぞ」というネタも教えてもらった。ジャーナリストの方に教えてもらった「原稿より健康」は、メディア企業の過労が問題となる中、言い得て妙だと思った次第だ。「写真よりも保身」という言葉もあるそうだが。

 会社員時代はこの手のサラリーマン格言(社畜格言ともいう)をよく聞いたものだった。今回は、私の心に残る、これらの格言を取り上げつつ検証したい。

 飲んだ次の日ほど、朝一番に出社しろ

 新人時代に大目玉を食らったことがある。先輩たちと浴びるように飲み、終電になったのだった。翌朝、別に遅刻したわけではなく、いつもの時間に会社に行ったのだが、上司からこう叱られた。そう、上司は死ぬほど飲み、片道1時間半以上くらいの自宅に終電帰りしたのにも関わらず、朝一番で出勤していたのだった。「そうか、デキる人はここまでやるんだ」と妙に納得した。

 しかし、会社員をやめ、しばらく経ってから気づいた。ある先輩が、種明かしをしていたのだ。飲み会の次の日は、午前中にサウナに行って仮眠をとり、酔いを覚ましていたのだと。つまり、朝一番出勤はポーズでしかなかったのだと。

 根本的な課題解決策は、意味もなく浴びるように飲むなという話なのだが。この格言のための、「目に見えない努力」に脱力した。

 IQよりも愛嬌

 職場の茶飲み話でも、SNS上でもたまに盛り上がるのは学歴ネタだ。「あの人、東大卒なのに使えない」的な話で盛り上がる。一方、有名大学を卒業しているわけでもないのに、抜群のホスピタリティで社内外の信頼を勝ち得ている人がいる。この現象を言い表した格言が「IQよりも愛嬌」である。

 「上手いこと言ったな」という印象を持つ人もいることだろう。この格言は、出身校のラベルだけで人を評価してはいけないと投げかけている。ビジネスではなんだかんだと言って、愛嬌は有効であることも。

 とはいえ、この言葉はやや立ち止まって検証しなくてはならない。まず前提としてIQと出身大学は必ずしもイコールではない。有名大学出身だったとしても、IQが高いとは限らない。大学への入り方も、そこで得られる経験も一様ではないからだ。

 「仕事ができない」という言葉も雑だ。その人の能力・資質に合った仕事というものがある。みんなから揶揄される「東大卒だけど仕事ができない人」は、単なる配属ミスかもしれない。揶揄されるポイントも、コミュニケーションミスや報連相が不十分であることだったりする。課題解決、企画立案は意外に得意だったりするかもしれない。

 愛嬌をウリに仕事をしていた人は、のちに行き詰まる。行動量やキャラクターで成果を出すことができる期間は意外に短い。

 というわけで、この格言については、それぞれ大事だという当たり前の結論に達する。そして、自分に足りないものをどう補うか。それが問題だ。

 お客さんの前で使うものは、いいものを使え

 これまた、若い頃によく言われた格言だ。ボールペン、名刺入れなど、お客さんの前で出すものはいいものを使えというものだ。その方が数字ははずむという「迷信」のようなものまであった。

 法人向けであれ、個人向けであれ、何かを購入する、決済するというのは大きな決断である。その際に、チープな名刺入れの上に先方の名刺を置き、使い捨てのボールペンで契約を結ぶというのは、さすがにお客さんに対しても失礼ではないか、と。商談を優雅な時間にするためにも、これらのものにはお金をかけろというものだった。新人時代に、この手の出費は痛かったが、気づけばずっとモンブランのボールペンと、そのときのお気に入りブランドの名刺入れを使っている(今はグッチの、財布兼用のカードケースを利用している)。

 もっとも、これもまた一気に古い格言になってしまった。そもそも、対面での商談を必ずしも行わない時代になってしまった。コロナ前から、お金を持っている人も、必ずしも服やアクセサリーにお金をかけなくなった。

 もちろん、チープすぎるボールペンで1億円の契約書にサインしてもらうのは「ない」と思うのだが、今や、高いかどうかではなく、自分らしいかどうか、相手が不愉快なレベルではないかがポイントだ。ここに過剰に力を入れると、単なる痛い人になってしまうのだ。

 サラリーマン格言を更新せよ

 我々がしなくてはならないのは、サラリーマン格言を更新することである。時代に合わなくなっているものも多々ある。そもそも、迷信でしかないものもある。

 少しだけ、その格言の迷信についてもふれておこう。サラリーマン格言にしろ、各社の社是・社訓にしろ、そのとおりにやったら馬鹿を見るということがある。電通の「鬼十則」などがそうだ。過労自死事件が起こってしまった。「殺されても離すな」という表現が問題視され、社員手帳からは削除された。ただ、電通社員の間ではかなり前から、一部では最高のビジネス訓とされつつも、「もはやパロディ」という声もあがっていたと聞く。

 私の古巣リクルートの「自ら機会を創り出し機会によって自らを変えよ」もそうだ。熱心なOB・OGが創業者の江副浩正氏が社長だった頃に配られたプレートを再現して通販で売っていた。リクルートつながりの人はFacebookに「届いたぞ」とアップしていた。個人の想いとともに。率直に、「なんだかな」と思った次第だ。ノスタルジーにどこまでひたりたいのか。

 在籍時から、この言葉の人を鼓舞する力には驚きつつも、実は機会を創るのは個人ではなく上司であること、そして得するのは会社であることに、私は気づいてしまっていたのだった。自ら機会を創るのではなく、いかに機会をくれる人と出会うか、こちらも大事ではないか。

 これはマナーを更新するという行為でもある。マナーもまた、変化の連続である。焼き鳥の串ははずすべきなのか、会議中にPCやスマホでメモをとるのはOKなのかなどだ。皆さんも迷うことだろう。新しい時代のマナー、流儀を模索しよう。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部准教授
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部准教授。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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