「ビジネス視点」で読み解く農業

スマート農業だけで終わらせないために 農業の「DX化」を考える

池本博則

 DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉はここ数年ビジネスシーンで本当によく活用されるキーワードとなってきました。DXの定義は「デジタル技術によって、私たちのライフスタイルをより良いものにしていく取り組み」で、企業のイノベーションに関する文脈で使われることが多いですよね。でもDXは対象が常に企業であるとは限らず、私たちの日常生活においてもDXの余地はありますし、もちろん農業という産業においてもとても大きな実践の余地があります。

 農業ビジネスの最前線をご紹介していくこの連載ですが、前回までの数回は農業振興側の様々な取り組みということで、宮崎県と埼玉県深谷市の取り組みについてご紹介をさせていただきました。今回は農業のDX化についてお話をさせていただきたいと思います。

 農業のDX化についてお話する前に、DXをどう進めるべきなのか? について6つのステップに分けてお話いたします。

 DXを実現していくためにはこれらのステップをしっかりと踏んだ上で推進することが必要です。

■DXの進め方

ステップ1:目的、ビジョンの策定をおこなう

 DX化に取り組むためにまず一番最初に必要なこと。それは取り組むべきテーマ、事業についてDX化をするその目的、ビジョンの策定をおこなうこと。

 ここ1年のDX化という動きをみていて、「なんちゃってDX」がとても多いような気がしています。「私たちの事業をDX化していくんだ!」と意気揚々と取り組んではいるものの、実は本質的な目的やビジョンの追求は希薄で、何をどうDX化していくのかが全く議論されていないケースも散見されます。これでは、何をやっているのか皆目目的が無いため、当然、途中で挫折したり、曖昧な打ち手で終息するケースが多くなってしまいます。

 いちばん大切な「何に対してどういう改善や期待を込めて取り組むのか?」その部分がとても大切な要素となるわけです。

ステップ2:まるごとデジタル化を想像し、データの蓄積をおこなう

 DXのセカンドステップとしてはデジタル化が必要となってきます。ひとまず業務内容をすべてデジタル化に置き換えることで、DXの土壌を作り出し、データの蓄積が可能となります。ポイントは「すべてデジタル化」に置き換えた想像からはじめること。今のビジネスや活動のすべてにおいてデジタル化に置き換え、データ化しうるところはどこか? どの部分のデータの蓄積を実行するか? そういった点を徹底的に検討する必要があります。

ステップ3:自動化・効率化を推進する

 デジタル化によって蓄積されたデータを活かし、ツールの活用に応用していくことで、業務の自動化や効率化を勧めていくことが出来るようになります。自動化・効率化は最もDXの効果を実感することが出来るポイントですし、ここでの効果や反省点を、いかにPDCAを回し修正出来るかが更なる推進を実現するための大きなポイントになっていきます。

ステップ4:浸透させ、取り組みをつなげる取り組みを共通化する

 DXは定めた目的やビジョンに基づいて、そのテーマに対しての全体での活用していくことが目標ですが、いきなり隅々にまで行き渡らせることは困難です。

 少数のPJ、組織でまずは全体の問題からピンポイントの部分を抽出し、自動化・効率化していく事がステップ3で進めている取り組みとなっていることが想定されます。ステップ4ではそこから効率化の実績を作ることができたノウハウをみんなで共有することになります。

 この共通のDX化を浸透させることで蓄積されたこれまでのデータの活用の幅を広げること、そして新たなデータを獲得し、より効率的なシステムの構築を促進していくことが可能となります。

ステップ5:共通化されてきたものを束ねて組織化する

 促進によって共通化されてきたDXを全体で運用できる仕組みに変革させ全体のプロセスを組織化することにより、一連の事象すべての歯車がかみ合うようチューニングしていきます。

ステップ6:未来永劫続く取り組みにするため最適化する

 そして未来に継続していく産業にしていくために、DXが未来永劫続く取り組みとして最適化されていくサスティナブルなものかどうかがとても大切になります。

 結局5年後、10年後に残らない取り組みであるならばお金や時間の無駄なのです。

 上記のようなステップを通してDX化は推進されていくものであると思います。

 DX化に成功していると巷ではその成功事例が取り沙汰されたりするケースが増えていますが、まだまだ企業においても産業においてもDX化を志向するすべての取り組みはきっとまだまだ発展途上の状況じゃないかと個人的には想っています。

 私が述べたDX化にむけたこうした取り組みはとても難しいし、とてつもない労力がかかるものであるし、今までの取り組みからの大きな変容を受け入れる意志の強さ、そして学ぶ力が必要になる取り組みだなととても感じています。

 自動化・効率化だけを実現している打ち手のみのDX化も多く存在していると思います。根本はその取り組むための目的、ビジョンがあり、そして施策の先に継続性があるかどうかその部分がDXの本当に大切な部分だと私は推測しています。

 私のDXについてそしてDX化に向けた今の状況についての見解を述べさせていただきましたが、ここからは今、農業界がどうDX化への取り組みが進んでいるのかについてお話をさせていただこうと思います。

■農作業の効率化を進めるスマート農業が推進されている

 農業界においては農林水産省において2019年度から50億円もの関連予算を初計上し、「スマート農業元年」としてICTやロボット技術を取り入れ、農作業の効率化を図っていくための取り組みについての支援が始まっています。

 その代表的なものとしては2019年からスタートしている「スマート農業実証プロジェクト」という日本全国でスマート農業を推進していくための実証実験をおこなうプロジェクトが存在しています。

 同プロジェクトは初年度全国69地区で生産者だけではなく、大学や農業試験場などの研究機関、民間企業でコンソーシアム(共同事業体)を組織し、現場での実証を行い、様々なデータの収集がはじまっています。

 令和3年3月に農林水産省および、農業・食品産業技術総合研究機構から本事業についての実証成果の中間報告が発表されました。

 その中間報告はスマートの農業から得られた効果の方向性がいくつか垣間見れる、とても面白い内容でした。

■スマート農業で実現できる方向性(1) 労働時間の削減

 スマート農業実証プロジェクトではスマート農業技術の導入によってほぼ全ての地区で、労働時間の削減効果がみられたということ。

 特に野菜や果樹などの収穫期や沢山の労働力が必要となる労働集約的な品目での大きな労働時間の削減効果がありました。

 

■スマート農業で実現できる方向性(2) 高収益化

 労働時間の削減効果を活かし、高収益化につなげている例もあります。

例えば、生産者が営業活動を自ら行い新たな商流を作り、販売価格の4割上昇につなげたり、付加価値向上の取組や、収益性の高い品目の生産挑戦が出来るようになった農家も出ています。

 さらに、労働集約的な営農類型である施設園芸では、温度や湿度などを先端技術で調整する統合環境制御技術等を活用することで、生産管理を高度化しつつ、2割以上の増産に結び付け、機械費用の増加を上回る収支改善効果を生み出す地区もみられています。

 こうした経営改善効果のほかにも、一部の地区では、平均収量を維持しつつ肥料費を削減するなど、売り上げを積み上げるだけではなく、経費を削減する試みも生まれ、より持続可能な農業生産に貢献する効果もみられています。

■スマート農業で実現できる方向性(3) 多様な働き方・人材採用の変化

 単純な労働時間の削減効果、高収益化以外にも、スマート農業を推進することにより、非熟練者にも熟練者と同様の作業が可能になり、就農者の幅を広げる効果もあったという事でした。

 また、スマート農業を推進するために若い農業者が中心となって、データ利活用のための専門組織(ICT改革チーム)を組織し、過去の作業データを基に、適期に作業ができるような人材配置をおこなう取り組みを始めたなど、スマートの農業の取り組みをすることにより、農業に新しい人材登用と人材ニーズを生み出し始めたということが成果として生まれています。

 スマート農業プロジェクトからの中間報告では上記のような効果が実証実験から創出されてきたという報告がありました。

 ここまでのこの実証プロジェクトは前述してきた令和元年採択 69地区に引き続き、令和2年度採択 55地区および令和2年度では緊急経済対策で24地区の追加採択があり、2年間で実証地区は148地区に増加しています。加えて、令和3年度も現在日本全国からの取り組みの申請があり、採択先を農林水産省が審査している状況です。

 今、国内のスマート農業を取り巻く環境はこの実証実験を中心として様々な成果を生み出している状況です。こうした状況は日本の農業の未来にとっても、非常に良い状況です。

■農業DXの取り組みを期待したい

 最後に、ここまでの実証がうまく行っているからこそ、私が本当に警鐘を鳴らしたいこと、関係者のみなさんに取り組んでもらいたいことを述べたいと思います。DXはただ、自動化する効率化するといった打ち手ではないということ、その取り組みの先にどういった農業の未来や目的、ビジョンがあるかを今一度考えてもらいたいと思っています。

 目の前の実証で得られた成果や結果に一喜一憂するのではなく、事業として、プロジェクトとして農業の未来のために永続的に取り組めるものであるか? 真剣に考えていかなくてはいけないということです。

 そのためには取り組んでいる方すべてが、本質的に今一度、農業の未来を考えたDX化の目的・ビジョンを指し示す事、そして実証実験で終わらせないための施策費用の生み出し方を農業DX化に取り組むすべての人が取り組んでいかなくてはいけないと思います。

 これまでの農業ではあるあるですが、せっかく実証実験等をおこなっても、例えば国の予算が尽きれば終了してしまった施策も数えきれないほど存在しています。上記に述べたスマート農業で得られる効用等が更に改善され、産業全体に浸透し、誰もが使いやすく、なくてはならないという基盤が作られていく事が農業のDX推進にとても大切になってくると思っています。

 すべての実証の成果が出てきた先に、どういった農業の未来を誰が描いて未来に続く取り組みへスマート農業を導いていくのか? 産業全体を変革していくために今まさに考えなくてはいけないフェーズへ来ています。

池本博則(いけもと・ひろのり) 株式会社マイナビ 執行役員 農業活性事業部事業部長
徳島県出身。2003年に株式会社マイナビ入社。就職情報事業本部で国内外大手企業の採用活動の支援を担当。17年8月より農業情報総合サイト「マイナビ農業」をスタートし、本格的に新規事業として農業分野に参入。「農業の未来を良くする」というVISIONを掲げ、日々農業に係る全ての人に「楽しい」「便利」「面白い」サービスを提供できる事業の創出のため土いじりから講演活動まで日本全国を奔走中!

【「ビジネス視点」で読み解く農業】「農業」マーケットを如何に採算のとれるビジネスとして捉えていくか-総合農業情報サイト『マイナビ農業』の池本博則氏が様々な取り組みを事例をもとにお伝えしていきます。更新は原則、隔週木曜日です。アーカイブはこちら