ミラノの創作系男子たち

良き海の男とは? 生粋のヨットマン、アルベルトの答え

安西洋之

 アルベルト・オリゴーネは生粋のヨットマンである。

 彼がヨットに生きようと思ったのは、中学生のときの同級生の父親の影響が大きい。この友人の父親は、自分の子どもたちだけでなく、子どもたちの友人たちも誘って冬の地中海や大西洋の航海に出たのだ。

 ヨットとクルーズに関わるすべてをその人に教えてもらった。ボートの扱いから料理、グループ内での人とのつきあい方に至るまですべてだ。

「1970-80年代、ヨットは夏にのるもので、冬に楽しみものとは思われていなかった。外洋で活躍するイタリア人ヨットマンはまだ少なく、彼、フランコ・マリングリはまさしくその開拓者の1人だった。世界一周を何度か行い、海とヨットに生きた伝説の1人だ」とアルベルトは話す。

 このグループを通じて、やはり後にヨット界のヒーローとなるジョヴァンニ・ソルディーニ(16歳の時に大西洋横断)が育っていく。そのソルディーニともアルベルトは長く仕事を共にしてきた。

 現在、アルベルトはヨット関係のコンテンツメーカーだ。ビデオ撮影から編集まで1人でこなす。

「10数年前であればチームでないとできなかった。テクノロジーの発達のおかげだ」

 ここに至るまで数々の遍歴を重ねてきた。

ミラノで英国のテキスタイル企業の営業部門で働き、広告制作の会社に転職。それからテレビ局でヨット番組の担当。その後、ヨット専門の衛星テレビ局がたちあがり、そこでコンテンツ全体を仕切る立場となった。

 この経歴のなかで常に週末と休暇には海に出ていたが、後半になるに従いヨットそのものが仕事の対象になっていく。だがミラノという都会にいながら海にちょっと行くというリズムで、必ずしも海と共に身体的に生きているわけではなかった。

 そんなある時、衛星テレビ局が買収された。

 同時に、本社がミラノからローマに移った。そこでアルベルトは決意した。奥さんはミラノで仕事があり、娘も小さい。それなら会社を辞めて、テレビ局のコンテンツ制作を独立した立場でやろうと判断したのだ。それで今がある。

「ずっと海が俺を呼んでいたのだ」

 それほどに海とヨットとは縁が深い。アルベルトの祖父母は地中海に面したジェノバの出身だ。彼自身はミラノで生まれ育ったが、両親は頻繁にヨットに連れていってくれた。夏ともなれば毎日のように兄弟と一緒にディンギーで沖に出た。

 そうした経験があったから、冒頭に紹介したフランコ・マリングリの息子、フランチェスコ・マリングリとの出逢いによって「航海」の凄さに参ったのだ。半日程度の沖での舟遊びから、冬の夜の数泊の海も経験することになったのである。

 アルベルトは世界の海を経験してきたが、「地中海出身」だ。ぼく自身も少しヨットに触れていたことがあったので、前々から知りたいことがあった。

 ヨーロッパでも大西洋沿岸の国と地中海沿岸の地域でヨットに対する姿勢が違うのではないか、とぼくは感じてきた。イタリアでは5-6人以上で乗る居住空間・設備のあるクルーザータイプが主流で、1-2人乗りのディンギーが英国ほどに盛んではないとの印象がある。

 その点をアルベルトに訊ねる。

「地中海でも嵐に見舞われることがあるが比較的穏やかだ。リラックスして共存して遊ぶ感覚が強い。しかし外洋は違う。もっと闘う相手だ。だから英国のヨットマンの方が深く究めようとする姿勢が強い」

 英国人は深く追求するから、タフなディンギーを好むのか。

 また「良き海の男とは?」と聞いてみた。

 彼は「大自然のなかで、感覚を鋭敏に働かせながら、同時に合理的にこれから起こりうることを瞬時に考えることができる人だ。決して直観だけで動かない」と語る。「これについては世界のどの海に行っても共通だ」と付け加える。

 ヨット以外に好きなスポーツは山歩きとスキーだ。「それでは、街中のジムやジョギングは嫌いですね?」と確認すると、「大嫌いだ!」と首を振って笑う。 

 自然と共に生きるのが生理的に合うようだ。唯一、ぼくにとって意外だったのは、アルベルトは魚釣りも魚をさばくのも魚料理も苦手だ、ということだ。

 実は、インタビュー取材する前に彼の活動に関する資料をネットで探してみたのだが、殆ど見つからなかった。 

「他人や企業のコミュニケーションには散々関わっているくせに、自分自身のプロモートについては全く放置状態だ」と説明するのも、ぼくの目には「らしく」映る。

 そして、前述の数々の最速記録をもつジョヴァンニ・ソルディーニの壮絶な海での戦いをビデオでみて、これらの多くがアルベルトの仕事だと知り、これだけで十分じゃないかとも思う。

 インタビューはZoomで行った。街のなかにいるアルベルトと直接会うのは容易ではなく、リグーリアの高級リゾートであるポルトフィーノにいた彼をつかまえた。ちょっとカメラをずらしてもらうとヨットハーバーが視界に入る場所だ。

 夏のバカンスはいつも家族でクルーズに出る。だからこの時期にホテルに泊まることはない。奥さんも二人の娘たちも、航海には大満足だ。

 ミラノにいるぼくにとって猛烈に羨ましい光景だった。潮の香が懐かしい。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。