働き方ラボ

ビジネスパーソンにとっての「帰省」とは? コロナ禍に考える親の「終活」支援

常見陽平

 結婚情報誌『ゼクシイ』は、盆と正月に男性読者比率が上がるのだという。帰省に合わせて、家族に挨拶をし、結婚の準備を始めるからだ。そう、盆と正月は本来、帰省シーズンなのである。

 ただ、今年の盆も胸を張って帰省はできなそうだ。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、西村経済再生担当相は盆に帰省して親族の集まりや同窓会を開くことは「絶対に避けていただきたい」と強調。蔓延防止等重点措置の適用地域も計13道府県に拡大され、全国的にも県を超えた移動だけでなく、帰省に合わせた親族や友人との集まりでクラスターが発生することが懸念されている。

 帰省、旅行に出かけていいものか問題

 とはいえ、「帰省を控えて」さらには「外出を控えて」と言われても、腑に落ちない人もいるだろう。五輪は開催され国内外から人が集まった。バッハ会長の銀座散策が批判され、丸川五輪担当相の「不要不急は個々人が判断するべきだ」という発言が火に油を注いだ。テレビ朝日の五輪関係者10人が早朝まで打ち上げを開き、女性社員がビルから落下した事案も話題となった。「多くの国民が我慢しているのに、あれはどうなの?」と言いたくなる状況だ。

 私たちはいつ「胸を張って帰省」できるようになるのだろう。モヤモヤする。この「胸を張って」というのが大事だ。SNSの投稿などを見ていると、今年に入ってから「実は帰省していました」「旅行に行ってきました」「ワーケーションで○○にきています」というような投稿が目立つようになった。少し時間を置いてから投稿するのがポイントだ。いかにも「感染症対策に気を使っています」「少人数で行動しています」「やむを得ない事情でした」と伝わるように工夫がなされている。

 一方、徹底して帰省を我慢している人もいる。SNSを眺めていると、結婚する際の家族の顔合わせもZOOMで済ませる人がいるようだった。

 新型コロナウイルスには私も罹りたくはないし、感染拡大に加担したくもない。ただ、政府関係者の発言にも矛盾があるし、ルールを破っている人もいる。結局、帰省も旅行もしているのなら、もっと胸を張って、人に隠れずに出かけたい。こうした“モヤモヤ”は今、多くの人が抱えているのではないだろうか。

 親の「終活」支援をどうするのか問題

 念のため誤解なきように前提を伝えると、本稿は別に新型コロナウイルスが感染拡大する中で、帰省をするべきだと言っているわけではない。感染拡大や医療崩壊を防ぐためにも、帰省をしないでほしいという政府の呼びかけは分かる。そもそも、お盆にみんなが一斉に休んで帰省するという「日本的な休み方」にも問題はあるだろう。私自身、盆の帰省というものを、実家を出てからの約30年間で5、6回しかしていない。正月もそうだ。コスパが悪いからである。いつも出張や同窓会、地元で見たいライブがあるタイミングなどで帰省している。

 ただ一方で、実は帰省するという行為自体、私たちビジネスパーソンにとって大切な行為であるという点は確認しておきたい。なぜなら、帰省は親の「終活」支援に大きな意味を持つからだ。

 この連載の読者も、年齢層が様々だろう。中にはもう保護者が他界している人もいるかもしれない。存命の場合、保護者がいま、どのような生活を送っているのか、これからどうしたいのかを一緒に考えたいところだ。

 スマホがあれば、日々メッセージのやり取りもできるし、ビデオ通話だってできるが、家族の衰えは帰省して一緒に過ごしてみることによって気づくものが多い。健康のシグナルを発見しやすく、保護者の現状を確認できる。

 その際にいつまで今の実家に住むか、老後のやりたいことなども確認しておきたい。資産がある場合は、生前贈与などの具体的な話をするのもいいだろう。不要なものの処分も、もし保護者が納得するなら、今のうちにすすめておきたい(なかなか納得せず、気づけばトラック数台分になっているというのも、よくある話なのだが)。

 「終活」は保護者にとっても、自分にとっても決して気持ちのよくないものである。しかし、現実的な問題として取り組まなくてはならない。以前と比べて健康な高齢者が増えてはいるものの、人は老いからは逃れることができない。帰省する機会があれば、「終活」に今のうちに取り組んでおきたい。

 いつ地元に戻るのか問題

 新型コロナウイルス・ショックによりテレワークが普及したことで、転勤を廃止する動きや、日本全国どこでも勤務することができる制度を導入する企業も現れた。これにより、移住が進むという予測もある。

 メディアでは、東京での通勤や狭いマンション暮らしから解放され、縁もゆかりもない地方に移住し、自然に囲まれながらテレワークをするビジネスパーソンが紹介される。このような光景をみて、憧れる人もいることだろう。そんな生き方を否定するわけではない。「地方は閉鎖的だ」とよく言われるが、実際は地方自治体も移住者を求めているし、自治体によっては移住者コミュニティも生まれている。

 ただ、ビジネスパーソンの現実としては、「いつ、実家に戻るのか」というのが切実な問題ではないか。前述した「終活」とも関連し、保護者の介護や、家業を継ぐために実家に戻らざるを得ないことだってある。育児環境をどうするかという問題もあるだろう。

 このために、帰省はUIターンの視察会だと捉えたい。進学、就職に合わせて実家を出た人は、面白 いくらいに地元のビジネス事情も、美味しい飲食店のことも知らない。帰省は、将来のUIターンに向けたリサーチの場だと捉えよう。

 地元のメディアをチェックする、友人・知人と連絡をとる、自治体のUIターン支援施策を確認するなど、情報収集に努めよう。保護者と具体的に戻る時期について議論するという手もある。UIターンだけでなく、保護者を今の居住地に呼ぶこともできるかもしれない。具体的に検討しよう。

 帰省とは、自己分析の時間でもある。久々に帰った地元、実家で過ごしてみると、自分が何を大切に生きてきたのか、実家を出てからどれだけ成長できたのかを確認できたりもする。懐かしいグローブも、ホコリをかぶったギターも、すべては生きてきた証である。

 ここまで書いていて何だが、今年は帰省を自粛せざるを得ない人も多いことだろう。感染症対策の上でも、医療崩壊を防ぐためにもやむを得ない。ただ、帰省とは単に実家でゆっくりするだけでなく、それ以上の意味があるということを確認しておきたい。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部准教授
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部准教授。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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