ホテルを普段使いしているなどと大層な見栄を切るわけではありませんが、仕事、プライべ-トに街場の喧騒を逃れて心静かに食事や打ち合わせをしたいときや、一人で落ち着いて考え事をしたいときなどちょくちょくホテルを利用させていただきます。ホテルの商売というのも熱心なもので、新年からクリスマス、年の瀬まで、文字通り年中様々な企画が提案されていて大したものだなあと感心しつつ、贅沢にも生活者としての我々はちょっと当たり前のような慣れた目線で見過ごすことが多い気がします。
そんな中、おっ、と目を引いたのが「京王プラザホテル × カップヌードル50周年記念コラボ」でした。異色のコラボに珍しく予約までして訪れてみると、存外の楽しさでしたし、マーケティング視点からも、コラボレーション手法のこれからのさらなる拡がりと、可能性への示唆を感じる部分がありましたのでレポートさせて頂きたいと思います。
そもそも、ひと昔前だったら高級ホテルとカップラーメンのコラボはまったく考えられなかったように思います。グランドホテルのレストラン部門と言えば多くの有名シェフも修行したことで知られる厳しくかつ高いプライドで知られる場所。「バカヤロー、そんな企画ウチがやるわけないだろ」の一言でこの企画終わっていたのかもしれないように思います。ところがホテルスタッフの方曰く、今回のコラボ意外にも「京王プラザ」側からのアプローチだったとのこと。
もちろん、コロナ禍に巨大な客室数を擁するホテルの厳しさが背中を押した企画であったとは思います。特にインバウンド客も多かった東京新宿の「京王プラザホテル」は、コロナ初年度は客室稼働前年比7,8割減、売上に至っては9割減の月も多い状況でいまだに大変厳しい状況です。(京王グループ 月次営業概況)
■私鉄系グランドホテルの魅力
それにしても本来大変に魅力的なのが、私鉄資本のグランドホテルです。近鉄、西鉄、阪急など私鉄各社がその大資本も活かし関東圏だけではなく渾身の大型ホテルを地元の迎賓館、応接間として次々と建設したのはまさに日本の高度成長期でした。多くのレストランやカフェ、ラウンジ、バー、商店まで備える日本のグランドホテルは、館(やかた)全体が街のようなラインアップで楽しいという一言に尽きます。
特に私鉄系のそれはブランド、地元名士企業のプライドを感じる日本ならではのホテル文化を形成してきたわけです。特に京王プラザホテルのラウンジは東京新宿という場所柄もあって、商談や何か分からないヒソヒソ話を繰り広げる紳士淑女の多彩さが際立っているように感じます。
そんな魅力的なホテルが、よりによってコロナ禍での50周年というのはあまりにも厳しい現実です。そもそもこの50周年という部分が、欧米では純粋にステータスとなる数字なのですが、普請文化の日本人には響かない要素もなきにしもあらずです。
実際にホテル予約サイトなどでは名門グランドホテルが新築のビジネスホテルと大差ない金額で部屋を出している場合も多々あり、申し訳ないような気持ちになることさえあります。近代建築の鉄筋コンクリートの躯体は100年以上優にもつはずですが実際には各地で次々と建て替え構想があるのも現実で、ファンとしては寂しい部分も多々あります。(「帝国ホテル」建て替え 次世代の「和魂洋才」を期待)
とは言え、京王プラザホテルについてはメンテナンスも行き届いており、往年の風格はいささかも衰えていないように思いますが、それにしても、そんな厳しい中だからこそ、異例のコラボに討って出た志を応援したいと感じる部分があります。
■日清カップヌードルが築いた独自のポジショニング
一方の日清カップヌードル50周年、500億食、100各国販売のすごさは言わずもがなです。1993年カンヌ国際広告映画祭受賞以来、広告・マーケティング業界のトップランナーとしても知られています。正直、かつて低く見られていた時代もあった「ラーメン」まして「インスタント」食品。高度なマーケティングで、もはや日清カップヌードルは高いも低いも、上からも下からもない普遍的な価値観を獲得、体現していることに異論は多くないはずです。何せ親しみ、身近さと同時に品質や価値観を伝えるということは言うほど簡単なことではありません。
実際に京王プラザホテルにおもむくと、相変わらず磨き込まれた石貼りコンコース、レストラン前に大きなカップヌードルのパッケージがディスプレイされています。意外と違和感がないのは、言われてみるとこういったパッケージプロダクトのインナー向け発表会、ホテルの宴会場を使って開催されることが多いですから、照明やあつらえもこなれていて当然かもしれません。
■あの味、あの具材をホテル料理に
さて、いよいよ重厚な雰囲気の和食レストラン「かがり」で「カップヌードル御前」が目の前に運ばれてきました。見た目だけで丹念さを感じさせるそれぞれのお料理が整然と膳に並ぶ様はまごうことなきホテル料理です。
やはり、人間の舌は知っている味に特別な身近さを感じます、謎肉を射こんださつま揚げには、「おお」となぜかうなりたくなるのはなぜでしょうか。知っている味が、違和感なくホテル料理の世界観に落とし込まれていて、うれしくなる味です。銀鱈の味噌焼の風味はカップヌードル味噌、サラダにはカリカリにしたヌードルが楽しい食感を加えるなど、絶妙な塩梅はホテルならでは高度な調理技術があればこそだと感じさせてくれます。
何より〆の炊き込みご飯が、高級そうな土鍋から香る「カップヌードルしお」燻製オリーブの香りと、お馴染みのかやくの具材が楽し過ぎる完成度でした。食べてみれば3800円(税金・サービス料込み)は、値段以上の楽しさと美味しい意外性に、とにかく大満足でした。
■SNS時代ならでは、フラット目線のコラボレーションは好印象
SNS時代、ただ敷居が高いだけだったり、他者へのマウンティング意識が前面に出た「高級」は察知され嫌われるようになったと思います。誰とでもつながっている前提の水平な目線が「高級」カテゴリーにも必要な時代です。メルセデスベンツが伝説の立ち食いソバ屋さんとコラボするなど、そんな機運が少しづつ感じられるようになりました。
SNSの時代において、地位財的な虚飾性のまったく感じられない存在感のカップヌードルはSNS時代のヒーローかもしれません。そんなコラボを提案した京王プラザホテルの決断は大いにありだったように思います。
企業も自ら発信する時代、企業タイアップ、コラボレーションは人気の手法ですが、まだまだ意外性と納得感のある企画成立の余地は大きいと刺激を受けたのでした。
(*本イベントは終了しています。■京王プラザホテル × カップヌードル 50周年記念コラボ企画)
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら