さまざまな人にインタビューをしてきた。そのなかで、「アートが好き」と語る人が示すアートの範囲は、コンテンポラリーアートを含んでいる場合が圧倒的に多い。これが昨今の傾向だと感じる。
ルネッサンスや近代絵画もカバーするが、コンテンポラリーアートを中心に観る。あるいはコンテンポラリーアートしかフォローしない。こういう人はコンテンポラリーアートの話題の展覧会があると国や都市を問わず飛んでいく。
だが、フランチェスカ・デ・ポンティは少々違う。彼女は古典的な作品をより好む。それも美術館だけでなく地方の小さな修道院の建築、あるいは教会の壁画の前で心静かに躍らせる。
フランチェスカはデザイン分野のジャーナリストであり、コミュニケーションのプロだ。なによりも「私は旅が好きで好奇心旺盛な人間」と語るにもかかわらず、職業柄ほどにはコンテンポラリーアートに食指が動かないらしい(仕事上、取材することは多々あるが)。
「父は医者でしたが、高校は文科系に通い、人文学がどの分野においてもベースになると盛んに話したものです。オープンマインドになるためにね。私も文科系の高校で古典ギリシャ語やラテン語を勉強。大学ではイタリア文学や哲学を学びました。少なくとも当時のイタリアでは外国文学よりも自国文学を学ぶ人の方が多い傾向にありました」
母親、アントニア・アストリはアート、建築、デザインを勉強した。アントニアが兄とその妻で1968年に立ち上げたのがとてもイノベーティブな家具メーカー・ドリアデだった。「美的実験場」とも称すべきミッションをもっていたのである。
即ち、思想と表現の質の高さに徹底して拘る家庭環境のなかで育ったフランチェスカは、かなり早い段階で自分が目を向けるべき範囲に自ずと気づいたのかもしれない。
前述の領域から連想して「クラシック音楽もよく聞きますか?」と質問すると、「音楽自体、あまり聞かないわ。音に考えを邪魔されたくない」との答えだ。
彼女の好奇心は、幅を広げるのもさることながら、より深くいくように作動するのではないかとの仮説が浮かんだ。
ミラノで生まれ育ったフランチェスカは、小さな頃から活発で周囲の友人をひっぱっていくタイプだった。そして大学生のとき、既にドリアデでも働いていた。幼少の頃から食卓で母親から仕事の話を聞いていた彼女にとって、それは自然な「巻き込まれ方」だった。
カタログや本の編集・製作などに関わる。紙媒体のコミュニケーションのすべてをここで学んだ。言葉と画像のエキスパートになったのだ。
7年間働いてドリアデを後にする。家族から離れて自分自身のアイデンティティを求めたいと思ったようだ。その次にデザインジャーナリストとして雑誌の編集に長きにわたり携わる。ただ、それだけでなく、常にさまざまな種類のプロジェクトをこなしてきた。
数年前、独立してコミュニケーションのオフィスをモニカ・ラチックと運営している。企業の広報活動を担当し、ミラノサローネ国際家具見本市のコミュニケーションも手掛けた。ドリアデで経験したようにカタログつくりから発信までをカバーする。しかし、かつてと同じではない。コミュニケーションの重要性が増し、そのやり方も変化しつつある。
例えば、一時期、紙からデジタルにすべて置き換わると思われた。だが、今、紙の本の価値が再認識されてきている。したがい、デジタル媒体と紙媒体の両方をみたうえで各々の特徴を使いわける必要がある。
もちろん、フランチェスカのオフィスは両メディアを使うが、そのなかで紙媒体に表現する内容は、往時よりさらに深い意味が求められていることを彼女は体感しているわけだ。
フランチェスカが長く生きてきたミラノを中心としたデザインは雑貨や家具、あるいはファッションで名声を博してきた。
つまり彼女はメインストリームのなかにいる。
その人が今、思い抱くこれからのデザインは「世界レベルで人々の日常生活の向上に貢献することで、社会が直面している不平等、環境、病、支援、地域といった問題に立ち向かうことでしょう」と、従来の枠が広がることに目を向ける。
プロジェクトとは前に何かを投げ出すという意味のラテン語に由来するが、イタリアにはプロジェクト=デザインと考える文化がある。ミラノに継承されてきたこの土壌が新たな展開を切り開くことに期待を寄せているのである。そういう想いをもって大学でも教壇に立っているのだろう。
最後に私生活に話題を戻すと、弁護士の夫と今秋から高校に通い始める娘がいる。娘が小さなときから国内外、ギリシャの神殿などさまざまなところに連れていったためか、彼女も旅やアートを愛する娘に育った。
フランチェスカは笑みを浮かべながら「私もスポーツはやってきたけど、娘はスポーツが大好きで、勝つことにも燃えるのよね」と話し、「一方、私は映画をみたり小説を読んで時を過ごすことが多いわ」と説明を付け加える。
と言いながらも「よく散歩するけど、その間も仕事の原稿について考えていたりすることが多いかも」と、起業家精神を発揮した母親譲りの好奇心の胎動には容易に抵抗できない。
デザインを仕事のフィールドとしながら、ファッションとしてケンゾーやイッセイ・ミヤケを好み、スカンジナビアのプロダクトデザインに惹かれるのも、深さを究めるフランチェスカ流のアングル設定なのだろう。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。