ブランドウォッチング

新型日産フェアレディZ あえての“オールドスクール”に込める真価とは

秋月涼佑

 「人はパンのみにて生きるにあらず」とは言いますが、ならば「パン以外の何をもって人は生きるのか」と聞かれると途端に答えは混沌としてきます。間違いなくその答えは人それぞれの価値観によって変わってくるに違いないわけですが、こと個人的な現在の心象風景を言えば自分が年をとったのか、日本の社会が年をとったのか、多分その両方で子供の頃持っていたはずのあのいつも期待感にワクワクするような気分はどこかに消えてしまったようです。

 ちょっと大げさなようですが、自動車というプロダクトのブランディングやマーケティングを考えるときにはいつもそんな大それたような自問自答してしまいます。個人が購入する商品として不動産を除けば通常一番高い買い物でもありますし、かなりの速度さえ誰でもが簡単に出せて、時に舗装されていない道さえ走破でき、たくさんの荷物も載せられる。

 しかも、快適な室内空間は予算次第で飛行機のファーストクラスをもしのぐほどまでの世界観を提供してくれ、さらには今やネットとつながったインフォティメント搭載も当たり前あらゆる情報を検索可能、その上音場を最適化されチューニングされたオーディオオプションは最高のリスニングルームにさえなるのです。

 その機能や、文化を深く反映したデザインやコンセプトの多義性を考えるとき自動車をプロダクト界のオペラと呼んでもあながち誇張が過ぎるとは言えないように思っています。

 そんな一言では表しようがない自動車の魅力ではありますが、少なくとも自動車を開発する方の人々は、その魅力の核心にまさに自動車を運転し走らせること自体の楽しさ、悦びがあると考えています。何の目的もなくただドライブし、ツーリングすることにこそ自動車の本質的な魅力があるに違いないと確信しているのです。日本自動車工業会会長にしてトヨタ自動車社長の豊田章男氏がレースウェアにヘルメットで本格的な自動車レースに参戦し、走ることの本質を追求する姿勢を見せる意味は決して伊達ではないのです。

 自動車会社はそんな核心を“Fun to drive”“駆けぬける歓び”など広告史に残るタグラインでなんとか生活者に伝えようとたゆまぬ努力をしてきました。でも哀しいかな、自動車離れなどと言われて久しく、モータリゼーション初期やスーパーカーブームの時代に生活者が自動車に抱いていたワクワク感は年々忘れ去られ、自動車の購入と言う行為自体が、維持費も高くバカげた浪費だとさえ断じられかねないような空気さえ漂い始めたのでした。

■スポーツカーは自動車会社の魂であり存在証明

 そんな時代に、いやそんな時代だからこその新型「フェアレディZ」登場です。

 言うまでもなく日産自動車については色々あったわけです。というかすでに日産自動車という会社は1999年に経営が傾き、ルノーが資本参入した時点ですでに色々あった会社だったのかもしれませんが、まさに今こそ正念場、激しく毀損されたコーポレートブランドのイメージをまたもや建て直さなければならないことは言うまでもありません。

 8月18日にニューヨークで正式に発表された7代目日産「Z」(日本名「フェアレディZ」)。すでに昨年9月に発表されていた「フェアレディZ プロトタイプ」ほとんどそのままに仕上げられた市販仕様のフォルムは、開発陣の並々ならぬ意気込みとこだわりを感じるところです。

 先代の6代目「フェアレディZ」は2008年発売、それからかなりの期間を経過していることもまた事実です。それでなくてもSUV全盛時代に、スポーツカーや2ドアクーペの立場はかなり厳しい状態です。モデル末期とは言え販売台数は月間100台を切る状態と言われていましたし、ゴーン時代後期には正直放置状態と言わざるを得ない印象がありました。確かに、経済合理性を考えれば開発などできる状態ではなかったに違いありません。ホンダの2代目NSXも終売が発表されましたが、「Z」の販売終了を危惧したファンも多かったわけです。

 ゆえに実際には6代目の型式、プラットフォームを残しての工夫があったようですが、やはりデザイン含めての新車としての発表はクルマ好きにとって朗報であることには違いありません。

 それにしても、ゴーン体制が終わって早々昨年9月には「フェアレディZ プロトタイプ」を発表したことからも日産ブランドへの強い危機感は鮮明でした。やはり、メーカーにとってはその製品こそが何よりのステートメントです。実際にかつて日産の象徴である「Z」と「GT-R」のニューモデルを着任早い段階で発表したのは他ならぬカルロス・ゴーン氏自身でした。

「仏作って魂入れず」という言葉がありますが、やはり「ハシリ」こそ自動車の魂。これは快楽主義者の不道徳で自己本位の自己満足まして虚栄心ではなく、最も良く走るクルマが、最も安全で効率的な自動車の機能を追求したものであることはどんな時代も変わらないのです。

 自動車というプロダクトのレゾンデートル、存在証明として、ハイファッションブランドにとって実売の中心ラインナップと別にコレクション、ショーモデルが不可欠であるようにスポーツカーは自動車会社にとって常に核心的な製品であることは間違いないのです。

■オールドスクール、古典的だけど一周まわってカッコ良いヤツ

 それにしても今回発表された「Z」で何よりうれしいのは、極めてオールドスクールなスタイルで企画されていることです。オールドスクール(old school)という英語は出身校という訳もありますが、古臭いとか時代遅れなというニュアンスから「古典的だけど一周まわってカッコ良いヤツ」とスラング的に使われているようです。

 今回の「Z」は外観デザインこそレトロフューチャー、歴史的デザイン要素を取り込みながら全体としては未来志向の印象に仕上げられていますが、この電動化の時代にV6ガソリンエンジンオンリーの仕様になんとマニュアルトランスミッションも選べるのです。もちろん、ある程度既存のリソースを活かしながらゆえの選択肢かもしれませんが、軽量でコンパクトなボディにハイパワーな内燃機関の気持ち良さが格別なものであることは、この手のクルマに興味をもつ人であれば説明の必要もないものです。

 これも、早くからリーフなど100%EVを製品化すなどで電動化に取り組んできた日産だからこそ許される希少なモデルリリースと言えるかもしれません。そしてスポーツカーの世界が、電子制御テンコ盛りのモンスター化する中で、その方向性は「GT-R」に任せて「Z」はシンプルな仕様で行くという判断もまた素敵なところです。

 その結果、何よりうれしいのが米国での販売価格が40万ドル(邦貨換算約440万円)からと言われていますが、この種の高性能車としては極めてアフォーダブル(買いやすい)なことです。かつて「Z」は「プアマンズポルシェ」と揶揄された時代もありましたが、時代がバブル的な高級か否かのヒエラルキーから自由になる中、まさに時節を得た方向性ではないでしょうか。この冬と言われている日本仕様の発表が否応なく期待されるというものです。

 ゴーン時代が過去のものとなり真価を問われる日産自動車。高度な工作機械の世界的な普及もありとあらゆる製品がコモディティ化しやすい時代は、逆に言えば「製品にどんな魂がこめられているか」の追求にこそ生き残る道があるに違いありません。

 まして、技術面でも社会性の面でも自動車がEV化や自動化いわゆるCASEの大変革期、自動車というプロダクトの本質を追求する神学論争を避けられない時代でもあります。日産があえてのオールドスクールスタイルでリリースする「Z」に込める「魂」の真価に注目していきたいと思います。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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