2021年5月12日、農林水産省が昨年秋より検討していた「みどりの食料システム戦略」がスタートしました。名前だけ聞いても少しとっつきにくい戦略ですが、この戦略の中身はとても壮大で、30年先を見据えたビジョンとなっています。この中身がもし実現すると、日本の農業、そして農業のみならず地球環境を日本から改革出来るというものすごいプロジェクトになっています。
今回はこのプロジェクトについて出来るだけわかりやすく解説させていただきます。
■「みどりの食料システム戦略」とは?
「みどりの食料システム戦略」は、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現させるため、中長期的な観点から戦略的に取り組む政策方針」とされています。日本における、農林水産業全体の生産力をただやみくもに増やそうということではなく、持続可能性と矛盾することなく高めていくことを目標としており、2030年までに、2040年までにとそれぞれ10年ごとに達成すべき目標が設定されています。
そして、最終的に「2050年までに目指す姿」が具体的に示されており、30年後の農業の方向性を見据えた、壮大な戦略となっています。
■「みどりの食料システム戦略」が生まれた背景
このコラムでも何度も取り上げた通り、日本の農業を取り巻く環境はとても大きな課題が存在しています。生産者の減少・高齢化そして地域コミュニティの減退など臨むべき未来を見通せない状況が続いています。加えて、地球全体の問題として掲げられる温暖化、大規模自然災害も深刻化を増し、更に新型コロナウィルスを契機としたサプライチェーン混乱、内食拡大など生活様式の変化も起こっています。
また、SDGsや環境への対応強化も地球規模で叫ばれる中、日本に先立ち、アメリカでは2020年2月に「農業イノベーションアジェンダ」という戦略を策定。2050年までに農業生産量を40%増加することと、環境フットプリントを半減するという目標を掲げました。その動きはアメリカのみならず、EUでも20年5月に「Farm to Fork戦略」として2030年までに化学農薬の使用およびリスクを50%減、有機農業を25%に拡大するという取り組みがはじまりました。
この昨年打ち立てられた地球規模の環境に配慮した有機栽培の強化を掲げて、農業を強くしていく経済政策が世界で先んじてスタートしたことが大きな影響となっています。日本においても農林水産省や地域の将来を見据えた持続可能な食料システムの構築が急務であるという判断から生まれたのが「みどりの食料システム戦略」なのです。
■「みどりの食料システム戦略」が目指す30年後の農業とは?
では、「みどりの食料システム戦略」が目指す30年後の農業とは一体どのようなものなのでしょうか? 壮大なプロジェクトを端的な「目指す姿と取り組み方向」として農水省がまとめてくれている表が下記のものとなります。
この表が最も「みどりのシステム戦略」の全貌と具体的な目標がわかりやすいものだと思っていますが、具体的に内容を掻い摘んで説明すると
「革新的な技術・生産体系を作り出して、環境にやさしく地産地消型のエネルギーシステムを作り、農林水産業・地域の将来がいきいきとした持続可能な食料システムを創ろう!」
ということになります。
とても壮大ですよね。でも実現できれば農林水産業にとって、地域社会にとって、日本に、地球にとって素晴らしいイノベーションになることは間違いないのです。しかし非常に道は長く、そして厳しいものでもあります。
例えば「耕地面積に占める有機農業の取組み面積の割合を25%(100万ha)へ拡大」とありますが、現在何%かみなさんご存じですか?
日本の有機農業は、2017年時点で、耕地面積当たりの有機農業の取り組み面積(有機JAS認証取得面積のみ)は全体の耕作面積のなんと0.2%程度にとどまります。
有機JAS認証を取得していない面積も含めると0.5%。これに市民農園や家庭菜園なども含めるともう少しは増えるでしょうが、おそらく微増する程度となっています。この水準を25%へ拡大するというのは大きな革新が生まれなくてはとても途方もない目標のままとなる可能性があるのです。
■絵に描いた餅にしないために「他人事にしない」
前回の農業DXのご紹介でも挙げた通り、スマート農業をはじめ農業を取り巻くイノベーションは日々進化をしています。今、この瞬間でも日本全国のほ場で生産者と技術者の方や研究者の方での技術革新の息吹は生まれはじめています。
それぞれの日本の生産現場においては「みどりの食料システム戦略」が策定されていなくても情熱を持って、20年後、30年後の未来を願い取り組んでいる人が沢山存在しています。
ぜひ、今回の戦略がただの政治や活動家の絵にかいた餅になるのではなく、生産現場に反映されて、現場を中心として実行される戦略になって欲しいなと切に願っています。
1次産業での未来を描けない最も改革しなくてはいけない事は、みんなが新しい取り組みにチャレンジすることが出来ることを国や戦略が後押しする事。具体的に「みんなでこれやろう!」と一緒になって挑戦することだと思っています。
30年後の未来の農業、未来の地域の在り方。このことを各地域の生産者や振興担当者で話し合い、地域ごとの「みどりの食料システム戦略」に沿ったVISIONやMISSIONを作り出していく事がとても必要になってくるのではないかと感じています。
よい取り組み、よい戦略だからこそ、全員が全力で「他人事にしない」取り組みにしていく。そうした姿になるように、マイナビ農業としても応援していきたいなと思っています。
【「ビジネス視点」で読み解く農業】「農業」マーケットを如何に採算のとれるビジネスとして捉えていくか-総合農業情報サイト『マイナビ農業』の池本博則氏が様々な取り組みを事例をもとにお伝えしていきます。更新は原則、隔週木曜日です。アーカイブはこちら