働き方ラボ

「今日の仕事は楽しみですか」批判集まった広告…仕事で“楽しさ”は正義か

常見陽平

 10月5日、ネットがざわついた。ニュースサイトNewsPicksを運営するニューズピックスと、コンサルティング業のアルファドライブが「今日の仕事は楽しみですか。」というフレーズを品川駅のデジタルサイネージに表示し、広告キャンペーンを始めたのだった。挑発しているような、いかにも意識高そうで同サービスらしいこの言葉はSNS上でバズっていた。賛否でいうと、批判的な声が圧倒的に多いようにみえた。中にはこの言葉が並び、そこを人々が出社していく様子を「社畜回廊」「ディストピア」と呼ぶ人もいた。「心が折れる」という声もあった。画像を加工した大喜利も始まった。批判が集まった結果、あっという間にこの広告は打ち切りになった。

 2018年にもNews Picksは「さよなら、おっさん。」というキャンペーンを行い、賛否を呼んだが、今回はちょうど緊急事態宣言が解除され、通勤や飲食で街に出る人が多いタイミングでもあり、巧妙だったといえる。デジタルサイネージだけに、当初の予定では今後メッセージを機動的に変えてくるつもりだったのかもしれない。後々種明かしが行われたり、大どんでん返しが予定されていた可能性もある。ただ、前回のキャンペーン同様、これは同サービスのスタンスが問われる、大きなマイナスになるものだと私はみている。

 「仕事が楽しい」はいいことなのか?

 この広告を見て、私が最初に抱いた大きな疑問は「仕事が楽しみなら、それでいいのか?」というものである。たしかに、仕事は時間的にも精神的にも、人生において大きな割合を占めるものではある。自己啓発本などでも、「どうせ仕事は人生で大きなウェートを占めるのだから、楽しんだもの勝ち」という考え方が紹介されていたりする。求人広告、人材紹介、人材派遣などの「人材ビジネス」の広告でもよくこの手のフレーズが紹介される。少し視点を変えると「働き方改革」に関する議論でも「仕事が楽しくて、自らする残業はOK。上司や同僚が帰らないので、巻き込まれる残業はNG」という意見をよく見かけた。言っていることは間違っているわけではない。共感する人もいることだろう。

 もっとも、「仕事は楽しくなければならない」と思い込んでいたとしたら、これはこれで不幸なことである。実際は及第点以上のパフォーマンスを発揮し、顧客や社内から感謝されていても、自分で自分を責めてしまうことにつながりかねない。さらに、仕事が楽しいがゆえに頑張りすぎてしまうことも問題である。

 世の中には「明るく楽しいブラック企業」というものも存在する。やたらと曖昧で厚い大きなビジョンを掲げる、「バイトリーダー」など名ばかりの役職がある、社員のことを「クルー」と呼ぶ、各種表彰制度などで社員のモチベーションを無理やり高めようとする…などが特徴だ。結果として、「仕事は大変だけど、楽しい」「この上司、仲間となら頑張れる」などと従業員が言い出すのである。

 そもそも仕事に対するスタンスは多様だ。大きく分けるならば、仕事を目的と考えるか、手段と考えるかという違いがある。その仕事をすること自体が目的であり、喜びなのか、あるいはあくまで稼ぐ手段なのか。いかにも前者はOKで後者はNGというような意見もあるだろうが、これは単純に良い・悪いと判断できる話ではない。

 この「仕事が楽しい」ということ自体、気をつけて考えなくてはならない概念なのだ。そして、仕事が楽しくないからと言って、自分を責めてはいけない。その人自身が楽しめていなかったとしても、きっと何らかの形で役には立っているのである。

 「意識高い系」の終わり

 さて、この騒動に関連して、気づいたことがある。それは、社会全体が「脱・意識高い系」に向かっていないか。あるいは、意識高い系がよりマイノリティ化し、その他大勢との分断が顕著になっていないかということである。

 この件と、例のサントリーホールディングスの新浪剛史社長による「45歳定年制」炎上事件は、実はつながっているのではないかと私は見ている。どちらも10年前であれば、20~30代に支持されたフレーズだったのではないか。今よりも当時の方が、上の世代に退場してもらいたいという想いや、仕事で活躍して「輝きたい」という気持ちに満ち溢れた人が多かったように思える。

 これらの件に関して批判の声が大きかったのは、現在の社会で「会社や仕事との向き合い方」が変化していることを物語っていないだろうか。完全に会社から離れるわけでもなく、仕事が嫌いかというとそうでもないが、いかにも自律した人材が自分の道を切り開いていく様子や、仕事で輝く様子、その背景にある新自由主義や自己責任論にうんざりしているのではないかと思えてならない。

 多くの人は今回の文言に対して「余計なお世話だ」と感じただろう。しかし私に言わせると、そもそも今回の広告に関してはセンスが古いと感じた次第である。緊急事態宣言が明け、ワクチンの接種率が高まり、様々な緩和策が模索される中ではあるが、人々は先行き不透明感を抱きつつ働いている。決定的に空気の読み方が下手だった上、センスが古かったのではないか。意識高い系の中でも、いかに働かないかという模索が行われる中、「今日の仕事は楽しみですか。」は、深い問いかけでもなければ、何かを鼓舞することにもならないのである。

 経営者やメディア企業が、普通のビジネスパーソンからも、意識高い系からすらも、ずれていると感じた次第であった。最後に、働いている同志の皆さん。その仕事は尊い。誇りと責任を胸に、息抜きながら生き抜こう。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部准教授
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部准教授。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

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