プライスレスというマスターカードの惹句は、カード決済というどこまでもプライス=お金の価値を通じてのサービスを提供するが宿命、カード会社のタグラインだからこそ逆説的な表現として成立し得る秀逸なものだと思いますが、実際世の中にどれほど真にプライスレス=“金額で表現できないほど素晴らしい”というほどのものがあるでしょうか。と考えれば、家族、友情、思い出、青春などかけがえのないものは概ね金銭的価値の評価を超えたものであることに否が応でも気付かされます。
とは言え「お金で買える幸福はない」などとまとめるのもまた野暮というもので、人知を超えた事象に左右されるがゆえプライスレスな人生の様々な出来事に対し、人間が企画開発製造できるモノやサービをせめてもの生きる“よすが”にしようというのが、涙ぐましいまでの人類の営みに違いありません。
そうは言っても、ある種のプロダクトは存外にプライスレスに近い価値観を我々に与えてくれるものであることもまた事実。もちろん宝飾品や筆記具、時計など人から人に受け継がれていくものの中には、当初売り買いされた時点での市場価値では計り知れない特別な記憶と意味が込められる場合があります。
個人の持ちもの中でも、やはり青春時代に打ち込んだ「趣味」(という言葉でだけでは自分にとっての意味合いの深さはとても表現できないように思いますが)に関わるアイテムは、格別の思い入れとともにあって今となっては眺めるだけになってしまい、かつ広くもない居住空間を考えてさえも、なかなか捨てられずにいたりもします。
■バンド少年少女がレクサスのターゲット世代に
それにしても、テレビや新聞で取り上げられる芸能人や著名人、例えばそれが経営者などアーティスト系の方でなかったとしても、学生時代にバンド活動に精を出していたとおっしゃる方が思いのほか多いことに気がつきます。最近自民党総裁候補者として挑まれた女性議員などもまさにそのおひとりでしたが、今まさに働き盛りの世代が若い頃かなりの時期にわったってバンドブームがあったのです。
高校や大学の学園祭では出演バンドにこと欠かず、そう言えば地上波でさえ「イカ天(いかすバンド天国)」なるアマチュアバンドコンテスト番組が制作される時代があったわけです。やはり個人が好むアクティビティというのは十人十色でレジャー白書などを見ても、誰もが知っているようなメジャーな活動でさえも参加人口率で言えばそれぞれ数パーセント程度だったりします。それでもそれぞれのバンド活動に多くの若者が取り組んでいた時代が確かにあったのです。
振り返れば、それだけのムーブメントとは言っても多くのバンドマンも社会に出ると時間が取れない、メンバーが散り散りになるなどで所詮は学生時代限定の活動になることが多かったことも事実です。振り返れば地元の楽器店はいつもボロボロでしたし、貸しスタジオなんて壁面の防音材のグラスウールがむき出しにだったりで大人になってしまった今となってはちょっと敬遠したくなるような場所しかありませんでした。四六時中触っているギターやベースにしてもバイト代を奮発して買ったブランド物と言っても10万円もしないものだったのです。
でもそれが今となってはやはり懐かしく愛おしいのです。むしろ学生時代のちゃちな経済と、一方でそんな質素さをお互いのデフォルトとして仲間とあーだこーだと一緒に音楽活動した、分かっていたことではありますが、やはりその時間と空間はかけがえのないものでした。
そうそんなプライスレスな郷愁と思いをバンド活動に抱く世代が大人、もしくは”大”大人の世代になったのです。昔はモラトリアムを思いっ切り楽しむ自堕落な昼に起きるような生活をしていた面々も今や立派な壮年期。結構なメンバーがあるいは意外な出世をしていたり、堅実に何らかの道で一家をなしていていたりもしています。
そう、バンドマンたちは今やレクサスオーナーのターゲットど真ん中の世代となっているのです。
■ロック談義から生まれる深い共感を目指して
そこでフェンダーです。フェンダーと言えば、数々のミュージックシーンを彩ってきたエレキギターの大王道ブランド。特に今回レクサスとコラボレーションした「ストラトキャスター」はロック史に残る名ギタリストたちに愛用されてきたことで知られ、例えば昨年亡くなったエディ・ヴァン・ヘイレンなど、そのユーザーリストはもはやポピュラー音楽史そのものと言ってよいような大名跡です。もちろんかつてのアマチュアバンドマン、ロック好きの深い部分に刺さるブランドあることは言うまでもありません。
レクサス側からすれば、一筋縄ではいかない高級車ユーザーのインサイトに、欧州ブランドなどにも伍していかなければならないなかで、よりターゲットユーザーの深い部分での共感。いわば、たまたま隣り合ったバーのカウンター初対面同士がロック談義から、一夜にして胸襟を開く間柄になるような、そんな刺さり方していきたいということなのです。
そのためには「知ってるねえ」「分かってるねえ」という部分は絶対外せないわけで、半可通ほどファンを白けさせることがないことを考えれば、そこはブランドの世界観を伝えるための一プロモーションと言えども最もコアな人間をも唸らせるレベルが必須に違いはありません。
今回の『FENDER(R) LEXUS LC STRATOCASTER(R)』を見る限り、そんな中途半端さは杞憂であることに気づきます。まず、モルフォ蝶から着想を得たというストラクチュラル・ブルーというフィニッシュは、薄いメタリック・ブルーから深いミッドナイト・ブルーまでを生み出すということで、米国向けに計200台のみ生産されたレクサスLC 500 Inspiration Seriesのクーペとコンバーチブルに使用されたものと同じ塗装を採用してるそうです。
確かに自動車の開発におけるカラースキームの位置づけは、外部から考える何倍も重きをおかれて時間と費用をかけ開発されていることを考えれば、そのカラーリングが世界100本限定のギターに採用されることはそれだけでスペシャルなことです。
このコラボは米国拠点を中心に実現したもののようですが、ロック世代がマーケティングのイニシャチブを握るようになったことで自然と実現したことは想像に難しくありません。
■まだまだ大きい、高級車ブランドのタイアップポテンシャル
巨大なマーケティング活動規模をもつ自動車産業、まして高級車ブランドともなればそのブランド価値も莫大です。そんなリソースをタイアップという、他のプロモーションに比べれば総じてコストパフォーマンス安く、しかも企画が良ければむしろ自然体でブランドの良さをアピールできる結構尽くしの手法がさらに拡大しないわけはありません。まだまだなるほどという打ち手はあるように思います。
実際にレクサスも北米でレクサスブランドの高級スポーツヨットをリリースするなど余念がありませんし、フロリダにはアストンマーチンコラボレーションの高層レジデンスなどもあるとのことです。
一方で、あまりにもライフスタイルに寄り過ぎた訴求ばかりが続けば、自動車本来の価値観から離れたものにしてしまい、ブランドを取って付けたような軽い存在にしてしまうリスクもあるように思います。何事もさじ加減とは思いますが、少なくとも今回世界限定100本の限定フェンダーストラトキャスター、日本でも842,600円 (税込)という金額は大人買いに絶妙かもしれません。前よりもちょっとレクサスが好きになった元バンド少年少女も少なからずと言えるのではないでしょうか。
【関連動画】
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら