「ビジネス視点」で読み解く農業

米価下落から考えなくてはいけない「農業の本質」

池本博則

 今日の話題は今、農業そして農政を取り巻く問題として最もフォーカスされているお米の価格の低下問題についてお話させていただきます。今回の原稿は私の主観のとても強い内容となります事、あらかじめご了承の上、閲覧いただけましたら幸いです。

 秋は実り、収穫の季節です。今年も無事に収穫できたことを神に感謝し、各地の農村では秋祭りが行われてきました。長い歴史をもつ農業の営みを通じて、五穀豊穣を祈る芸能や祭り、農業上の技術、地域独自の知恵などの文化が守られ伝えられています。今年2021年の我が国のお米は全体的にみると収穫量はかなり良く、そして品質も高い素晴らしい出来のお米が日本全国で生産されています。そんな素晴らしい状況なのにもかかわらず、お米を取り巻く状況は深刻な問題となっています。

■大幅に下落する米価

 農林水産省が10月14日、2021(令和3)年産米の9月の相対取引価格を公表しましたが、それによると相対取引価格は前年同月比で12%下落しました。

 どのくらいの価格下落しているのか?という事をわかりやすくご紹介すると、お米の全銘柄平均で60kgの価格が1万3255円というのが今年の価格となります。

 この価格は前年同月比で1888円下落となっています。また、2019年産が1万5716円であったため、2年連続で下落しているという状況です。反して、取引数量については12万9000トン。前年同月比で113%という状況になりました。

 量は取れています。そして品質も良いです。なのに、大幅に米の価格は下落しています。このままでは、コメ農家が食べていけない状態に陥る危機的状況となってきているのです。そして、こうした農業経営の破綻が離農を招き、日本の農業の未来が暗たんたる状況になると危惧される状況です。

■「農業」が「農業ビジネス」に変わろうとしたタイミングでの惨事

 米価下落の原因は、新型コロナ禍により外食産業のコメ需要が激減し、在庫が積み上がっているうえ、今年は豊作となり、さらに余剰感が膨らんでいることが要因として挙げられますが、この状況を更に冗長させている要因として、1970年から2017年まで、およそ50年近くにわたり実施された「減反政策」が、2018年度に廃止され、その間もないタイミングでコロナ禍となったということが根本にあると推測します。

 「減反政策」とは生産するお米の生産量・価格を政府が決定していた政策であり、農家はそのとおりに生産すれば収入が安定しやすくなっていました。この「減反政策」が廃止となった要因は、農業から「農業ビジネス」化をより加速することにありました。政府の方針に従うだけでなく、経営者個人がより自由に米の生産量を決め、ビジネスチャンスを的確に捉えて大きな収益を得られるようになる。

 すなわち、農家者が自らの経営判断で米の生産などを実施し、自由な発想で、生産力高める事を目指して廃止が決定したのでした。2018年そうした政策がスタートした当初、私としては農業の未来のために、米農家でも本格的な農業ビジネスがいよいよ始まるなと。未来に対してとても明るい気持ちになったのを記憶しています。

 その矢先にコロナ禍での消費減退により、コメ余りが深刻な状態になっています。それに伴い現在、2021(令和3)年産の買い取り価格及び概算金額は、過去最低レベルまで落ち込んでしまい、多重な問題を抱えた状況となっているのです。

■危機的状況に日本が考えるべきこと

 これまで、お米を取り巻く環境は、食が小麦へのシフト、食品ロス対策。そしてコロナで外食産業、インバウンドの低下と、今だけではなく、価格の暴落は過去にもあり、その都度、回復までは相当の年数を要してきました。その都度、米農家さんは負けず良くなる一心で戦ってきた歴史が存在します。でも、いよいよ限界の状況は近づきつつあります。このままでは日本から農業は失われる。農業ビジネスの未来を創造することはできない。そうした世の名になることを痛切に感じています。

 ある米農家さんに今のコメ生産の実情をお伺いした際、実際にお話いただいた内容をご紹介します。

「今、コメの値段が下がって離農が加速するのもあるが、今の零細農家は「先祖代々の田を休耕田にしたくない」という理由もあり、採算度外視でも体力を酷使してコストの高いコメを生産するものの高齢化や後継者不足で先が見通せないから機械や設備の投資も出来ず、おまけにシカやイノシンの獣害で田が荒らされ、そしていよいよ「もうダメだ」となって泣く泣く耕作放棄地にしている生産者は多いんだ。そういう実情を理解して欲しい」

 今の農村で起こっているリアルな現実です。更にこうしたお話も併せて聞かせていただきました。

「耕作放棄地が増えれば周囲は草だらけで害虫が増え、そしてイノシシ等、獣たちのエサ場となり最後まで耕作した者がまさに「正直者が馬鹿を見る」となる。そして、見た目だけで「耕作放棄は無責任だ」と責める人や「水田はダム機能を果たすから必要」と理屈だけ言う人もいる。そしてもっとひどいのは現実を知らず「日本の農家は国に守られ過ぎ」などとおっしゃる人もいる。作ればよいのか? やめればよいのか? 私たち米農家はどう生きればよいのか? 一体どうすればよいのだろうか?」

 私はこのコメントに対して何もご返答することはできませんでした。今この国全体としてこうした問題に本当に明確な答えを指し示してくれているものはあるでしょうか?

“儲かる農業”は明るい農業の未来のための政策とされます。しかし、日本で起こっているこの危機的な状況について具体的に言及せずに、ただ、世界に日本の生産物を売り出せばよいと主張する人も存在するほどです。

 自国民への食糧の安定供給が維持できない状態で輸出をメインに据えた消費拡大の検討をするのはあまりにもナンセンスだと痛切に思います。今、目の前の米価の低下はまさにそれを指し示している大きなインシデントだと認識をしなくてはいけないとみんな気づかなくちゃいけない。

 農業産出額に対する農業予算の割合を国ごとに比較をすると、日本27%に対してアメリカは65%。また、日本の農業所得に対する「直接支払い」の割合は15.6%に対して欧州は90%以上、アメリカの穀物系農家で50%前後と、欧米各国では準公務員的扱いで自国向け食糧を生産する農家をしっかり守り、自国の食糧安全保障を重視しています。日本以外の諸国は自国の農業を保障し、育てる変革を作り上げているのです。「農業」を「農業ビジネス」へ変革しているといえると思います。

 日本はどうですか? まだ「農業」から「農業ビジネス」へ変革出来ていない状況ですよね。国として、米農家さんをはじめ、未来の農業の姿をしっかりととらえた構築をしていくことが求められていると感じています。

 日本の国をよくするために、農業の未来をよくするために今、考える時期にきているのではないでしょうか?

池本博則(いけもと・ひろのり) 株式会社マイナビ 執行役員 農業活性事業部事業部長
徳島県出身。2003年に株式会社マイナビ入社。就職情報事業本部で国内外大手企業の採用活動の支援を担当。17年8月より農業情報総合サイト「マイナビ農業」をスタートし、本格的に新規事業として農業分野に参入。「農業の未来を良くする」というVISIONを掲げ、日々農業に係る全ての人に「楽しい」「便利」「面白い」サービスを提供できる事業の創出のため土いじりから講演活動まで日本全国を奔走中!

【「ビジネス視点」で読み解く農業】「農業」マーケットを如何に採算のとれるビジネスとして捉えていくか-総合農業情報サイト『マイナビ農業』の池本博則氏が様々な取り組みを事例をもとにお伝えしていきます。更新は原則、隔週木曜日です。アーカイブはこちら