記憶を辿るのは楽しい。これまで歩んできた道のりを思い起こし、今の自分のありようがどのような動機や経緯からきているのか、それを頭のなかで反芻する。新たな自分の発見もある。
椎名香織さんがソーシャルメディアnoteに書いているシリーズ「Memories of Italy-イタリアの想い出」を読んだ。椎名さんは文章を書くのが心底好きに違いない。静かに水がさらさらと流れるかのように、言葉のひとつひとつが流れていく。いや、正確に表現すれば、心のなかに流れ込んでくる。
椎名さんはおよそ30年、ミラノでデザイナーとして活動してきた。
昨年からのパンデミック中、これまでの人生や仕事を振り返る。もろ手をあげて受け入れ、育ててくれたイタリアのために何かできないか? こう、彼女は考える。思い浮かべたのは数々のモノだ。彼女が生活のなかで出逢ったイタリアの職人が手で作ったモノである。
「あれを作る人たちを応援したいと思ったのですよ」と椎名さんは声に力をこめる。
モノをみると、あの時の情景がまざまざと迫りくる。あの時のエピソードには、あのモノとの出逢いがあった。
椎名さんは、イタリアにおける自らの想い出を綴りながら、そのシーンに登場するモノを販売するECサイトを最近たちあげた。
彼女がメインでやっている「Hands on Design」も日伊の職人と国境を超えたデザイナーのコラボレーションで、現代の生活に合う手作りのモノを開発、生産、販売している。
一方、「Memories of Italy」で扱うモノはデザイナーという職業の人が関与していそうもないものばかりだ。昔からある美しいふつうの日用品だ。それをデザイナーである椎名さんが、自らの想い出に紐付けて売るのだ。
面白いじゃない!
椎名さんは本を読むのが好きな子だった。名作の類にはいる本は片端から読んでいた。東京の大学では文芸学部の学生だった。
「若い時はひたすら小説を読みました。でも30代半ばころかな、猛烈に仕事が忙しくなった時期はビジネス書ばかりになります。それが、また、この数年はフィクションに戻ってきました」と椎名さんは読書遍歴を語る。
大学時代からインテリアデザインに関心のあった彼女は、卒業後、デザインスクールでデザインを学ぶ。そしてイタリアに飛んできた。学生のとき、イタリアを旅して気に入っていたのが動機の一つ。しかし、何よりも家具デザインといえば、当時、ミラノがヨーロッパのなかでも群を抜いていた。
早速、中部ウンブリア州にある街、ペルージャでイタリア語を学んだ(余談だが、その頃、彼女はぼくのトリノ時代のボスにも会っていたのを、数年前に知った)。
こうしてデザインのスキルとイタリア語を携えて職探しをはじめたのだが、その合間を縫ってはイタリア中を旅する。
職はミラノの有名な建築デザインスタジオに見つける。ここで多くのことを学んだが、成果の一つに船舶免許取得まである! 伴侶となったボスというか同僚というか(あえて曖昧な書き方をするのは、ヒエラルキーな組織との印象を避けたいからだ)、その彼とアドリア海を頻繁にクルーズするためだ。1963年の木製の古い舟を改修した味があるヨットだ。
その後、彼女は離婚を経て、新しいパートナー、リカルドと一緒になる。すると、今度は海よりも山に足しげく通うようになる。
「リカルドと知り合う前、山に登るなんてありえませんでした」と笑う。
「何かを分析したうえで計画実行するのが苦手です。いつも、ある時に、これだ!との想いに衝き動されるタイプ」と椎名さんは話す。どうも、そうとばかりにはぼくの目に見えないのだが、自分をどう判断するか自体が人の性格だ。
その一般論を踏まえたうえで話を続けよう。
30数年前、トスカーナ州のオルチャ渓谷を初めて目の前にした時、「身体の震えが止まりませんでした」(椎名さん)。その後も、かの地に立つと自然と涙があふれ出る。
オルチャ渓谷は2004年、ユネスコ世界遺産に登録された、なだらかな田園風景が広がる場所だ。彼女はここに将来住みたいという。そのため、まずは今冬、家を借りて実験的に住んでみるとの決意を聞くと、思わず喝さいを送りたくなる。
「今まで気候のよいオルチャ渓谷しか知らなかったのです。一番生活しづらい冬を過ごしてみて、それがいけたらその先を考えようと思って」
なんだ、とても慎重な計画ではないか。リカルドが緻密に立案したのだろうか。彼女にとってオルチャ渓谷行きは「心のふるさとに帰る」との感覚らしい。
椎名さんは「20代の自分と今の自分が同じ人間とは全然思えないのです。他人の痛みがよく分からない嫌なやつでした」と話す。
離婚の前後、5-6年の期間ですごく変わったという。あの「嫌なやつ」もオルチャ渓谷には叶わなかったのだ。
「そのころにつきあったモノはMemories of Italyには出てこないですね。ひたすらクラシック音楽の曲を聴いていました」
好きな本も映画も身体に入ってこなかったらしい。だが、ピアノ曲だけは心が受けつけてくれた。
30年以上を経て今、イタリアにどう思っているのだろう。
「イタリアって懐が深いですよね」と一言。
あ、これはぼくもそう思う。是非、太字で書いておきたいくらいだ。どんなにウンザリするようなことがあっても、もう一方に、人を人として包み込んでくれる空気がある。気のせいであってもね。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。