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日常会話では英語を使う大谷翔平が、インタビューでは英語を使わない本当の理由

 米大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手は、厳しいと言われていた投手と打者の二刀流でペナントレースを戦い抜いた。なぜプレッシャーのかかる状況で結果を残すことができるのか。精神科医の和田秀樹さんは「彼はインタビューで英語をほとんど使わない。これはメンタルヘルスの観点で優秀だ」という--。

 ※本稿は、和田秀樹『適応障害の真実』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

大谷選手はなぜ大きなプレッシャーに強いのか

 メジャーリーグで大活躍する大谷翔平選手もまた精神科医の視点からすると非常に優れた存在だと言えます。

 東洋人が異国の地において二刀流という前代未聞のことをやって、なおかつホームランを量産すれば、どんどん周囲の要求水準や期待水準は上昇します。

 球団からは起用法などにおいて特別扱いを受け、さらに人気も抜群となれば他球団からはもちろんのこと同じチームの仲間からも嫉妬されそうな要素は山ほどあります。

 これは本来であればものすごくプレッシャーのかかる状況のはずです。そのプレッシャーからストレスを受け取った時には、それこそ適応障害になっても不思議ではないでしょう。実際問題として、野球でもサッカーでも海外で適応障害になってしまって思うようなパフォーマンスを発揮できなかった選手は、これまでに何人もいたのではないでしょうか。

 しかし、大谷選手はその時にどうやったらプレッシャーがかからないようになるのか、つまり「どうすればストレスを感じなくて済むか」ということを、しっかりと考えているように見受けられます。

 いつも笑顔を絶やさず、それでいてオールスターゲームのホームランダービーの時には疲労を隠さずへたり込んだように、素直な自分の姿を見せる。グラウンドにゴミが落ちているのを見つければ率先して拾う。

 ホームランダービーでもらった賞金約15万ドル(約1650万円)をスタッフに配ったというのも単に気前がいいということではなく、そのように感謝の気持ちを表すことで周囲から好かれ、味方につけるという処世術的な考えがあったのではないでしょうか。

インタビューで無理して英語を話さない「手抜き」

 さらに大谷選手がメンタルヘルス的に優秀だと感じるのは「無理をしない」点です。

 大谷選手は日常会話だと英語も使っているようですが、それにもかかわらずインタビューや会見では絶対に英語で答えません。そこで無理をして「英語で会見しよう」「MLBの選手であればしっかり英語を話さなければいけない」とは考えないのです。

 正確なニュアンスが求められる会見の場において、自分の思いを正確に伝えるだけの英語力を身につけることに時間を割くよりも、会見は通訳に任せてしまう。そして本格的な英語を学ぶ時間があれば、それを練習や休息に使ったほうがいいという一種の割り切り、つまりは「手抜き」「適当」の感覚があるのでしょう。

 多くの現役選手や評論家が「二刀流を続けることは心身両面において厳しい」と言っていたなかで大谷選手がそれをこなすことができる理由は、そういうところにもあるのかもしれません。

 日本人は英語コンプレックスの塊のようなところがありますが、大谷選手からそういった雰囲気は感じられません。

 日本人の側から考えればわかることですが、「日本語は流暢でも話す内容が超つまらない外国人」と、「文法的にはめちゃくちゃな日本語をしゃべるのだけど、話す内容が面白い外国人」、どちらの話を聞きたいかとなれば、もちろんそれは後者でしょう。

 それと同じで、アメリカ人からすれば英語は流暢で当たり前です。だから英語が流暢かどうかで話を聞いてくれるわけではなく、大切なのは話の内容なのです。

たどたどしい英語で何とか説明していたら…

 私がアメリカに留学していた時のこと。シカゴのホテルのバーで飲んでいると「お前は日本人か」と尋ねてきたアメリカ人がいました。

 「そうだ」と答えるとその相手は「俺はなぜ日本の自動車が売れるのか、よくわからないんだ」と言ってきました。

 その時の私はアメリカに来たばかりで、たどたどしい英語しか話せませんでした。それでも身振り手振りを交えながら「アメリカはディーラーとメーカーが分かれているため、同じディーラーがフォードのクルマを売り、同時にGMのクルマも売るというように3つも4つもメーカーを掛け持ちしている」

 「しかし日本はメーカーと販売の系列がしっかりしていて、マツダが潰れかけた時にはレイオフをせず工場でクルマを造っている社員たちをみんなディーラーとして派遣した」「それによって工場の人間たちが顧客のニーズを知るようになり、それでできたのがハッチバックのファミリアだ」「つまり、自社のクルマをよりよいものにして顧客のニーズに応えようという姿勢が工場にも販売にもあるから売れるのだ」というような話をしました。

「余計なことには気を使わない」と割り切れる人は強い

 そうするとその相手は「コイツは発音は悪いけどすごく面白い話をするヤツだ」と、あとから来た奥さんに紹介して大層喜んでくれたのです。

 それ以来、私は「発音なんてどうでもいいのだ」と思うようになりました。

 適応障害になるような人は英語であれば「パーフェクトな発音をしなければいけない」と考えがちです。

 先の大谷選手の例でいえば、彼にとって英語がうまくなるというのは野球選手として成功するうえでは余計なことなのです。そのように考えて「余計なことには気を使わない」と割り切れる人がストレスを軽減することができて、適応障害にもなりにくいのだと思います。

 この大谷選手の例を一般の人に当てはめて考えれば、「仕事において人間関係はメインではないから、さほど気にしなくても構わない」と割り切ることも必要だということになるでしょう。

「根性」で行き詰まったカープの前田選手

 元広島東洋カープの前田智徳選手は、私としてはカープ史上最高の天才バッターだったと思っているのですが、彼は「根性」の意識が強くて手抜きをしなかったために故障に泣かされました。

 天才的な打撃だけでは飽き足らず守備においても4年連続でゴールデングラブ賞を獲得するなど全力プレーを常としていた選手です。

 ある時からアキレス腱に痛みを感じ始めたものの、それでも痛む箇所にテーピングをしながら出場を続けた結果、アキレス腱断裂という選手生命にかかわる大ケガを負ってしまいます。

 故障からのリハビリ中には「どうせならもう片方のアキレス腱も切れてしまえば両脚のバランスがよくなるのに」とまで思い詰め、復帰後に思い通りのバッティングができないと感じると「前田智徳という打者はもう死にました」と語ったそうです。

 天才なら天才らしく、やりたいことや得意なことだけに専念できるような性格であれば故障をすることはなかったのかもしれません。昔は「打撃で結果を出せばそれで十分」と、守備も走塁もいい加減な選手がいましたが、前田選手もそのくらいの気持ちでいれば、さらに結果を出せたのではないでしょうか。

 とはいえ、前田選手のリハビリ中の発言などを見た限りでは、仮にアキレス腱の故障がなかったとしても、自身の打撃を追求するあまりにメンタルのほうを病んでしまい、適応障害になっていたのではないかとも感じてしまうのです。

不安がるくせに備えをしていない人がほとんど

 日本人の思考パターンの悪いクセとして「予期不安が強い割にソリューションを求めない」ことが挙げられます。

 悪い結果を想像して不安がりながら、それをどうやって解決するかについては考えようとしないのです。

 たとえば毎年のようにがん検診を受けていても、もし自分ががんだとわかった時に、どこの病院へ行こうかとあらかじめ決めている人はかなりの少数派です。

 あるいは認知症になりたくないと言って一生懸命に脳トレをやっていても、自分が認知症になった時にどこの老人ホームに入ろうと決めている人はいないでしょう。介護保険の使い方もほとんどの人は知りません。

 がんや認知症になったらどうしようという不安は大きいくせに、いざそうなった時の備えをしていないのです。

 しかし、ことわざにも「備えあれば憂いなし」というように、いざという時の解決策を考えておけば予期不安を強くしなくてもいいのです。福島第一原子力発電所の事故の時にしても、絶対に事故は起こらないなどという今にして思えばあまりに非現実的なことを考えていました。そのため、いざ事故が起きた時のマニュアルというものがまったく用意されていませんでした。

感染恐怖のストレスで適応障害になる場合も

 新型コロナにしても、今は予期不安が強いために「感染しないためにはどうしたらいいか」といったことばかりが言われています。しかし、「感染した時にどの程度の医療を受ければいいか」という発想があったならば、自粛、自粛とばかり言わずにもう少し自由な活動ができるのではないでしょうか。あるいは、もっと受け入れ施設を増やすという政策が取れたかもしれません。

 さらに言えば、新型コロナにかかった時のことを考えていないから、「普段から免疫力を上げよう」「免疫力を上げておけばたとえ感染しても重症にはなりにくい」といった発想が出てこないのです。

 ウイルス性の病気はインフルエンザであろうが風邪であろうが自分の免疫力が強ければさほど悪化はしないのです。新型コロナについても普通に考えれば、感染したところで9割の人が無症状なのです。つまり普段から免疫力を上げておけばほぼ平気で済ませられる病気なのです。

 高名な免疫学者の方に聞いた話によると、自粛生活はかえって免疫力を下げることになるそうです。新型コロナにかかったとしても免疫力を上げておけば大丈夫だという発想を持たずに、ただただ「感染してはいけない」と思い込んでしまうと、「目から感染するかもしれないから目もこすれない」「他人が使うものも触れられない」と普段の生活から不安だらけになってしまいます。しかし、感染を恐れるばかりに免疫力まで下げてしまい、かえって重症化しやすくなることもあるのです。

 不安ばかりが膨らんでしまうとそれがストレスとなって、適応障害など精神疾患の要因ともなりかねません。(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

 和田 秀樹(わだ・ひでき)

 国際医療福祉大学大学院教授

 アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。