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イタリアは過小評価されているか? 世界に共通するテーマと深さで語れ (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 もちろん、こういうタイプばかりではない。

 イタリアを自画自賛することを生業としている(としか思えない)タイプもいる。

 実際、Made in Italyという言葉はブランドとして存在感を放ち、グーグル検索に入れても、欧州の他国の同様の言葉と比べ、常に上位にある。そして、「イタリアは世界に愛されているのだ。世界になくてはならない調味料の1つ」と呟く。

 先に述べた過小評価をするタイプが決して国際派というわけでもないが、後者の過大評価のタイプは観光業を筆頭に、やや国内派に傾いているケースが目立つ。

 あるいはファッション・食・家具など、特定の業界の強さを根拠に主張する。彼らは生産地を表すMade in Italyの恩恵をこうむっている。しかしながら、いかんせん、イタリアという大きな括りを客観的にみる立場になく、しかも「俺たちの経験や評判をもっと使えばいいのに」と我田引水的である。

 GDPのような農産品の原産地呼称表示は合理的基準を積み上げて体系化されているが、これもある個々の製品群の話で、全体のイメージを一挙につくりあげるわけではない。

 一方、雑多なディテールがそのまま点として散在している状況が有利に作用する、と語る派閥もいる。体系化の不在こそが、万華鏡でみるようなミステリアスな姿を強調するのである。

 時に、こうしたミステリアスなイメージが運よく組み合わさると、ラグジュアリーブランドが成立する。 

 Made in Italyというブランドをより厳格に運営するアイデアもありそうだが、それは過小評価問題を解決するのか? つまり問題は生産地だけではなく、考え方の総体みたいなところにもっと目がいかないといけない。それが現代の世界のテーマにどう立ち向かうのか、という話だ。

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