キャリア

「平和」訴え、ショービジネスに懸けた人生 ジャニー喜多川さん (1/2ページ)

 ジャニー喜多川さんは米ロサンゼルスで生まれ、幼少期に日本に来た。戦時中は両親の地元とされる和歌山県に疎開し、空襲にも遭遇したという。

 終戦後に渡米し、ロサンゼルスで教育を受け、その後も現地に在住。米国では、美空ひばりさんら日本人歌手の訪米公演を手伝った。このことが、日本で芸能事務所開設を目指すきっかけとなったという。日本に帰国後、日本芸能界を革新する変化を次々ともたらした。

 昭和37年、教えていた野球チームの中から選んだ青井輝彦(あおい輝彦)さんら4人の無名の少年たちに歌とダンスを猛特訓し、日本初の歌って踊れる男性アイドルグループ「ジャニーズ」をデビューさせる。昭和50年代以降、トップアイドルグループを次々に育成し、芸能界で不動の地位を築く。

 昭和時代の末には、単なる“美少年集団”から脱皮させ、「アイドルの多様化」を進めた。その象徴的存在が木村拓哉さんらで63年に結成した「SMAP」だった。

 「芸能活動も時代とともにどこまでという線引きも不可能なくらい進歩・開発・多様化されています」。平成30年9月、滝沢秀明さんが引退し“後継者”宣言をした際、ジャニーさんが企業公式サイトに記した言葉にも、先駆者としての自負と実感が込められる。

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