高論卓説

首をかしげる札幌での五輪マラソン テレビ放映権依存体質が問題

 1973年の世界レスリング選手権は、イランの首都テヘランで7月に開催された。驚いたことに試合場は屋外、テントの下での大会、日本選手団は惨敗した。高温乾燥に加え、風によって汗の気化熱が奪われ体調不良のレスラーが続出。慣れない環境と硬水と衛生面からくる下痢で、有力レスラーも実力を発揮できず敗退する。コーチだった私は、もっと早くテヘラン入りしておくべきだったと反省した。

 アスリートの敵は、ライバルだけではなく試合場もあり、その対策と研究が重要である。日本マラソン代表選手の選考会(MGC)は、暑い中で行われたのは東京五輪を想定したからであり、暑さ対策の努力を競う大会でもあった。そもそもマラソンは冬の競技。その競技を猛暑の東京で実施するのだから、困惑しつつもランナーたちは照準を合わせるしかなかった。なのに、突如、国際オリンピック委員会(IOC)は、私たちを驚愕(きょうがく)させる。

 東京五輪のマラソンと競歩を札幌で開催すると提案したのだ。この提案に対し、大会組織委員会の森喜朗会長は、「やむをえない」と受け入れる考えを表明された。今年9月に中東カタールの首都ドーハで行われた世界陸上選手権は、酷暑との闘いであった。女子マラソンの4割を超える選手が途中棄権、50キロの競歩は3割が途中棄権した。IOCは、猛暑、酷暑に危機感を覚えたにちがいない。

 東京都が主催都市である。オリンピック競技大会の組織運営をより良いものにするため、IOCは大会運営調整委員会を持つ。唐突に変更案が発表された背景には、ドーハの世界陸上の反省がある。調整委員会の決定が最終的なものとなるが、東京都は、「オリンピックの華」とうたわれるマラソンを失うことになるかもしれない。

 東京都は努力してきた。スタート時間を早める上に「遮熱性舗装」という道路の表面に日光を反射する塗料を塗って温度の上昇を防ぐ方法で、マラソンと競歩のコースを大金をかけて手入れしてきた。また、「保水性舗装」によって、水の蒸発時に温度を下げる工夫までした。これらの努力と効果をIOCは確認したのだろうか。ドーハの結果だけでIOCが結論を下したのならば、東京都に対して失礼であろう。

 組織委員会の森会長が、あまりにもあっさりとIOCの提案を受け入れたのは問題である。橋本聖子五輪相は北海道選出の参議院議員であり、しかも森会長のまな弟子。そこに札幌開催の誤解を生む要因を作ってしまった。IOCの遅い判断を理由に再考を訴えてもよかったのではないか。競歩の20キロと50キロには、日本人の有力金メダル候補がいる。東京都にすれば、想像以上に悔しいだろう。

 各メディアは、「選手の安全が第一」と札幌への変更に好意的であるかに映る。しかし、私は東京での実施を希望する。なぜ、マラソンと競歩だけなのか、よりハードであるトライアスロンをどうするのか。IOCの提案は、単なる思いつきの印象を与える転換方針でしかない。科学的根拠が希薄すぎるではないか。

 アスリートは、勝負のために研究し、対策を練る。どんなスポーツにも反健康的なリスクがある。暑さだけをリスクとして捉え、IOCが強硬的に開催地の変更を迫るのは主催都市を侮辱しているに等しい。2000メートルを超す高地での68年メキシコ大会、各国は高地合宿をして対応したことを忘れている。

 IOCが、欧米のプロスポーツ中継の間隙を縫って開催するオリンピック、テレビ放映権料に頼る姿は、もはや健康体ではない。

【プロフィル】松浪健四郎(まつなみ・けんしろう) 日体大理事長。日体大を経て東ミシガン大留学。日大院博士課程単位取得。学生時代はレスリング選手として全日本学生、全米選手権などのタイトルを獲得。アフガニスタン国立カブール大講師。専大教授から衆院議員3期。外務政務官、文部科学副大臣を歴任。2011年から現職。韓国龍仁大名誉博士。博士。大阪府出身。

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