働き方

「おじさん」もいるし採用はスカウト ヤクルトレディの謎に迫る

 職場や家庭を訪問してヤクルト製品を販売する「ヤクルトレディ」。同社の主力製品である「ヤクルト400」や「ミルミル」の販売を担い、売り上げを大きく支えている存在だ。直近の2020年3月期第2四半期決算資料を見ると、主力ジャンル「乳製品」において数量ベースでのヤクルトレディのシェアは50.6%(「店頭・自販機」が49.4%)。つまり、ヤクルトレディはヤクルトの屋台骨を支える存在なのだ。

 現在、ヤクルトレディの所属する販売会社などの組織は日本全国に100以上存在する。また、活躍は国内にとどまらず、世界各国にもヤクルトレディは存在する。その数は国内だけでも3万人超、国外を合わせると8万人超に及ぶ。

 単に「届ける」だけでなく、訪問して販売するというヤクルトレディのスタイルはいつ、どのようにして生まれたのか。また、敏腕レディはいくら稼いでいるのか。そして、ヤクルトレディならぬ「ヤクルトおじさん」は存在するのか。謎に迫る。

 組織化したのは1963年

 ヤクルトを発売したのは1935年。当時から訪問販売という形はあったという。ヤクルト本社、宅配営業部の津村優子氏は「生きた菌を飲んでもらうのがヤクルト。今となってはプロバイオティクス商品が普及しているが、当時は『菌』というとマイナスイメージがあった」と話す。そのため、訪問して説明しながら販売する方式を採用した。

 発売当初の販売員には男性も多かったというが、主な販売先は家庭。対応するのも主婦が多く、同じような立場の方が適しているという判断から、女性の販売員が増えていった。その後、63年に「婦人販売店システム」として組織化した。

 63年当時は家庭へ家電が普及し始め、主婦の時間的余裕が出てきた時代でもあった。「女性の社会進出」という流れも受けて、どんどんとヤクルトレディが増えていった。現在は3万人ほどだが、当時は5万人規模の人員がいたという。

 そもそも、ヤクルトレディたちはどこからやってくるのか。筆者の職場にもヤクルトレディが販売に来るが、大きなカートを引いてやってくる。あるときには、職場前の坂を重そうにカートを押しながら歩いているところを見たこともある。

 津村氏は「カートを押すヤクルトレディは、ほんの一握り。最も多いのが、車での販売」と話す。ヤクルトレディは、全国2400カ所ほどの配達センターを拠点としている。そこから、あるレディは車で、あるレディはカートで出発するのだという。

 「ヤクルト保育所」は全国に約1000カ所以上も

 ヤクルトレディは「従業員」としてヤクルト本社や販売会社に雇われているのではなく、業務委託を受けた「個人事業主」として働いている。その一方で、ヤクルト本社は販売事業を丸投げしているわけではない。「働く主婦」を最大限にサポートするためのサービスを整えている。その1つが全国に1000カ所以上存在する「ヤクルト保育所」だ。

 もともと、ヤクルトレディは子どもが寝ている時間帯に仕事を済ませられるよう、早朝に活動していたという。それがだんだんと日中へシフトしていくようになり、働いている時間に子どもを預ける必要性が生じてきた。ヤクルトレディの拠点である配達センターには、同じような境遇の主婦も多く、手の空いている人が他の人の子どもの面倒を見るなどしていたという。 

 こうした背景を受けて、70年ごろからヤクルト保育所ができ始める。多くは配達センターの近くにあり、中にはセンター併設の保育所もあるという。ヤクルト保育所では、国の定める「認可外保育施設指導監督基準」「保育所保育指針」に準拠しているだけでなく、独自の「ヤクルト保育所基準」も制定。多くの働く主婦が「待機児童問題」に頭を抱える中、手厚いサポートをしている。

 その他、健康相談や育児、介護の相談窓口も設けるなど、働きやすい環境づくりに注力している。

 敏腕“レディ”はいくら稼ぐ?

 ところで、ヤクルトレディの中でも「敏腕」なレディは、いったいどれくらいを稼いでいるのだろうか。津村氏によると、ヤクルトレディは完全歩合給。売った本数などに応じて、決まった取り分がヤクルトレディの収入となる。

 多くのヤクルトレディは、主婦として扶養の範囲内で働いていることから、ほとんどが「10万円以内」に収まっているという。詳しい金額は明かさなかったが、中には1カ月で「数十万円」を稼ぐような人もいるのだとか。また、都市部よりも車で回ることの多い地方の方が、運搬できる商品量が多く、売り上げが高い傾向にあるという。

 成績が優秀なレディは毎年開催する「世界大会」で表彰を受ける。現在、ヤクルトレディは14の国と地域で活動しており、世界大会にはよりすぐりのヤクルトレディが集まる。

 それだけでなく、ヤクルトレディの中には配送センターのマネジャーとなったり、販売会社の役員になったりと、実はさまざまなキャリアを構築している人がいるのだという。

 ヤクルトレディの採用は「スカウト」

 ヤクルトレディはスカウト方式で採用することが多いのだという。販売先を訪問したヤクルトレディが、「この人は(ヤクルトレディを)できるかもしれない」と思ったら、職場見学などをしてもらう。その後、面接などを経てヤクルトレディとなる。背景には、「地域密着」の考えがある。

 「ヤクルトレディに求めるのは『売る能力』ではない。地域の方々とコミュニケーションを取り、欲を言えば『愛される』人材が向いている」と津村氏は話す。「ヤクルトレディとお客さまとの関係性は『届ける‐買う』の関係を超えている。あるセンターでは、お客さまからいただいた野菜がいっぱい置いてあるところもある。その地域で愛される人が多いからこそ、また同じように愛される人材を発掘することができる」

 ヤクルトレディは販売するだけでなく地域の見守り活動も担っている。例えば「愛の訪問活動」は単身で生活するお年寄りをヤクルトレディが訪問し、安否の確認や話し相手となる取り組みだ。72年に活動を開始し、94年には厚生労働省から表彰も受けている。それだけでなく、全国の自治体や警察と連携し、訪問先のお客に異変を感じた際には警察署に連絡するなどの活動も行っている。

 ヤクルト“おじさん”はいるのか

 ちなみに、ヤクルトレディならぬ、「ヤクルト“おじさん”」は存在するのだろうか。津村氏に聞いたところ、「数百人ほど、販売会社に所属する男性配達員は存在する」と回答があった。ただ、ヤクルトレディのような制服を着て、職場や家庭へ定期的に訪問販売するような形ではなく、「昔の名残」(津村氏)で郡部などを担当する人がほとんどだという。

 郡部へは物流コストなどの問題で、定期的に商品を届けることにハードルがある。そこで、個人商店を営んでいる人など、大きい冷蔵庫を持っているような配達員のところへまとめて商品を届ける。そして、配達員は各家庭へ商品を置いて回るのだという。コミュニケーションや地域の見守りをも担うヤクルトレディとはやや異なり、昔ながらの「配達員」というイメージが近い。

 女性の社会進出を受けて増加してきたヤクルトレディだが、最近は増加数に歯止めがかかってきている。多いときには国内だけで5万人を数えたが、今では国内のヤクルトレディは3万人ほど。ヤクルトレディを組織化した63年から50年以上が経過し、フルタイムで勤務する女性も増えている。今後は、もしかしたら「ヤクルトおじさん」が増えていくのかもしれない。(ITmedia ビジネスオンライン)

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