社会・その他

五輪は時代に合わせて進化を IOCと戦い、たとえ負けたとしても

 【1年後に思う】DeNA初代球団社長・池田純氏

 コロナ禍で世の中は今、目先のことしか見えなくなっているように感じている。経営しているバスケットボール男子のBリーグ3部のチームすら、来春どうなっているかわからない。五輪への影響はその比ではないのに、五輪のことは誰も何も言わなくなっているようにみえる。「本当にできるのかな」と、アスリートはすごく辛いと思う。

 これだけ税金を使い、生活が苦しい中でやる大会であれば、国民の多くから共感が得られないと難しい。大会の簡素化もいいけれど、それとは別軸の検討もすべきタイミングが来ている。問題の根幹はコロナ。根源的な対処法を考えるなら、2024年開催のほうが共感を得られるのではないか。現実的かどうかはともかく、大会組織委員会などはそうした検討や交渉をしているのだろうか。

 この国には透明性が欠けている気がしている。都合のいい時に都合のいい数字、都合のいい話が体制側から出てくる。「こうするんだ」という明確なビジョンが示されないから、心がついていかない。

 ただ、五輪は絶対にやってほしい。ビジネスをやってきて、スポーツの力をわかっているから。日本は今後出生率が上がるわけでもないし、何か強い産業があるわけでもない。そう考えたら、日本の「元気玉」ってスポーツくらいしかないし、実際まだまだ伸びしろがあると思っている。

 今のままで、国民の共感の得られない形だったら意味はないし、やるだけがゴールではない。五輪に対して商業主義だとか、役割を終えたという声が出るのは当然だけど、正しく進化すればいい。今の時代にあった形に進化できるかどうかが、この東京大会には求められているのだと思う。

 物事を変えるにはものすごいパワーが必要。嫌われるし、軋轢(あつれき)も生む。ふわっとした言葉で改革はできない。例えばコストを1千億円減らすなど、何を目指しているかを明確にすべきだ。五輪はプロ野球のような興行とは違うと思っている。それこそ競技を行うだけでもいいのではないか。本当に重要なもののために、どこまでしがらみを断ち切れるかが重要だと思う。

 そのためにも、国際オリンピック委員会(IOC)とは戦ってほしい。戦ってできないのと、戦わないでできないのとでは全然違う。後世のために戦う日本人の姿を見せてほしい。それなら納得できる、たとえ負けたとしても。(聞き手 森本利優)

 【プロフィル】いけだ・じゅん 1976年(昭和51年)、横浜市出身。早大卒業後、住友商事などを経てディー・エヌ・エーに参画、2011年~16年にプロ野球DeNAの初代球団社長を務めた。スポーツ庁参与Jリーグ、日本ラグビー協会の特任理事などを歴任し現在はさいたまスポーツコミッション会長、Bリーグ3部「さいたまブロンコス」のオーナーを務める。

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