キャリア

阿波踊りのない夏 最年少女性市長が語るコロナ下の船出 (2/2ページ)

 病気との付き合いはすでに十数年。「『こういうことをすると体調が悪くなるんだ』と、ある程度分かるようになりました」。現在は再発を防ぐ点滴を定期的に受け公務に支障はないといい、「市長職の方が負担は大きいかもしれないですけどね」と話す。

 大学卒業後は帰郷し、まちづくり団体「徳島活性化委員会」の活動に力を入れた。仲間とともに活性化プランを競うビジネスコンテストを開催したり、にぎわいを生み出すイベントの企画に携わったりした。「多くの人が『街が寂れていっている』と感じているんじゃないですか。自分にできることなんてないと思う人もいれば、機会や場があれば参加したい人も結構いるんです。じゃあ、それを作っちゃえばいい」

 徳島市が商店街に設けた「まちなかキャンパス」を舞台に、学生が集まる催しを企画。選挙での若者の投票率向上キャンペーン、商店街の店舗と連携して新成人を応援する割引サービスも実現した。「お金をかけなくても、アイデア次第で若い人を呼び込めるんです」

 県や市の審議会の委員も務め、一定の手応えとともに、「ハード面や意識を抜本的に変えることはできなかった」という限界も感じていた。市には、新ホールや広域ごみ処理施設の整備、JR徳島駅前のビルに入る「そごう徳島店」閉店後のテナント誘致といった課題が山積していた。

 「将来を担う私たちの世代が声を上げなければという意識がありましたし、無投票は避けたかった。若い人や女性の思いをもっと出せるような政治、行政にしたい」。そんな気持ちに突き動かされ、市長選への立候補を決めた。

 わくわくするまちに

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中、徳島市は異例の夏を迎えた。約400年の歴史があるとされ、国内外から大勢の観光客が訪れる市の阿波踊りが中止になったためだ。8月12~15日の4日間すべて中止になるのは戦後初といい、観光需要を期待していた旅行、宿泊事業者や飲食店にも大きな打撃を与えた。

 就任から間もない今年4月20日、市内で最初の感染者が確認されたのを受け、内藤さんは阿波おどり実行委員会に中止を提案した。それを受けて実行委も、見物客や踊り手の安全確保が困難として中止を決定した。「生まれてから、阿波踊りがなかった夏はありません。毎年、5月ごろから市内で鳴り物の音が聞こえるようになり、阿波踊りの練習が始まります。今年はその音さえ聞こえず、市民も寂しいでしょう。感染防止の観点からの中止ということは理解してもらえたと思いますが、非常につらいです」と語る。

 新型コロナの収束は見通せない。桟敷席の見物客、踊り手など、大勢の人が集まる場所でどういった対策を講じれば、来年以降も阿波踊りを続けられるだろうか。「安全安心を第一に、どんな形であれば阿波踊りができるか。多数の観客が集まるスポーツの試合などさまざまな事例を参考に、今から考えておかないといけないですね」

 行政経験がないまま市長になって約4カ月。車での送迎をはじめ「職員が何でもしてくれる」ことに戸惑いを覚えることもある。職務面では、これまでに決まった市の方針や行政の連続性を踏まえつつ「市長としてどうかじ取りしていくかは難しい部分もありますね」というのが率直な感想だ。とはいえ、「私はまだ36歳。もっと市長が動いてもいいと思うし、従来型の市長スタイルは徐々に崩していきたいです」と話す。

 思い描く市の将来像は、「わくわくするまち」。少子高齢化が進む日本においては「人口が減り、かつてのように経済が右肩上がりという時代にはならないだろうという雰囲気がありますよね」。そうした状況下で目指すべきは、「ソフトランディング(軟着陸)でき、楽しみを見つけることができるような社会」といい、「テクノロジーやAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)の発展に即した街に変えていき、効率化を進めなければ」と力を込める。

 自宅に帰れば、小学3年生の息子の母親でもある。その成長する様子に刺激を受けるとほほえみ、「将来世代のために何ができるかと常に考えています」。同居する両親は、市長への転身という思い切った決断を尊重し、日々、支えてくれる。家族との何げない会話は、市民感覚をくみ取る機会にもなっているという。

 市長としての歩みは始まったばかり。「わくわくするまち」の実現に向けて、これからも邁進(まいしん)する。

 【プロフィル】ないとう・さわこ 昭和59年生まれ。徳島市出身。東大法学部卒業。難病の「多発性硬化症」と診断された経験をつづった「難病東大生-できないなんて、言わないで」(サンマーク出版)を在学中の平成21年に出版した。まちづくり団体「徳島活性化委員会」の代表を務め、さまざまなイベントにかかわる。任期満了に伴う今年4月の徳島市長選に立候補。現職を破って36歳0カ月で初当選し、全国で歴代最年少の女性市長となった。実家の機械製造会社「応神鉄工」の役員も務める。

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