高論卓説

新政権に望む個人所得向上政策 高収入、懐緩み株価が上がる

 内外の株式相場が高値波乱の様相を強めている。ハイテク銘柄の構成比が高い米国のナスダック総合指数は先週2日に史上最高値を更新したが、翌日に急落し2日続落で高値から6%余り下げた。NYダウも先週、下げ幅が一時1000ドル超と急反落した。日経平均株価は先週、新型コロナウイルス感染拡大で急落する前の2月の水準を回復した。しかし、米国株安のあおりで週末は前日比260円安と反落した。過剰なマネーはミニバブルを安易に作り出すが、高値警戒で崩壊するのも早い。

 安倍晋三首相が退任する。後継の最有力候補と目される菅義偉官房長官は自民党総裁選を控えたインタビューで、安倍内閣の経済政策だった「アベノミクス」を継続する意向を示した。

 これに市場は安心し、関係者らの間では株価の大幅な下げはあるまいとの見方が広がっている。

 福園一成・立花証券元会長(故人)から聞いた投資家心理の変化論が面白い。「上昇局面では、期待⇒希望⇒楽観⇒有頂天へと進む。下落局面では、警戒⇒悲観⇒失望⇒絶望へ」だ。

 第2次安倍内閣が発足する前、日経平均は1万円を下回り、時に7000円台まで下げた。株式市場を覆っていたのは「絶望」だった。それが異次元金融緩和の発動で投資家心理は「絶望」から「期待」へと一変した。日経平均は2015年に2万円台を回復した。アベノミクスのレガシー(遺産)の一つだろう。

 しかし、日経平均は18年10月にバブル崩壊後の戻り高値2万4270円を付けた後、伸び悩み、膠着(こうちゃく)する。異次元金融緩和の効果は薄れた。投資家心理は「期待」にとどまったままだ。「期待」が「希望」に進み、相場水準を切り上げるには新たなサプライズと政策への国民の強い共感が欠かせない。

 野村証券に1960年代末に入社した知人は入社してすぐに上司から「東証ダウ(当時、現日経平均)は大卒初任給の10分の1の水準になったら御の字」と教わった。当時の大卒初任給は3万4100円(厚生労働省調べ)。日経平均は1700~2300円台で推移し、大卒初任給の10分の1に及ばなかった。大卒初任給は90年代後半から20万円前後で頭打ちが続く。19年の大卒初任給は21万円余(同)。2万1000~2万2000円台での推移が長かった今年の日経平均は御の字の水準ともいえる。

 アベノミクス相場の出世株の一つはFA(工場の自動化)向けセンサーなどを手掛けるキーエンスだ。株価は12年12月に5000円台だった。それが直近では4万3000円台と約8倍になった。時価総額ランキングはトヨタ自動車、ソフトバンクグループに次ぐ第3位に浮上した。同社は高給会社でも知られる。従業員の年間平均給与は1839万円余(20年)。給与が高ければ社員のモチベーションは高まり、技術開発力などにも磨きがかかる。高給会社の株価が高く評価されているのは救われる。

 「所得倍増は戦後最大のコピーライティングだった」(沢木耕太郎著『危機の宰相』)。次期首相が個人所得を上げる政策を打ち出せば株式市場も好感しよう。個人の懐が暖まれば、貯蓄から投資への流れは加速する。個人投資家が日本銀行の保有するETF(上場投資信託)の受け皿になる道も開ける。「会社だけが富んで個人が富まない社会は不健全だ」(山本夏彦)。新政権にはこの不健全さの解消を望みたい。

【プロフィル】加藤隆一

 かとう・りゅういち 経済ジャーナリスト。早大卒。日本経済新聞記者、日経QUICKニュース編集委員などを経て2010年からフリー。東京都出身。

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