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コロナ克服の証しへ 東京五輪公式映画、河瀬監督「開催信じ全身全霊かける」 (1/2ページ)

 新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京五輪が、今年7月に開催される。一連の動きをカメラを通してつぶさに記録しているのが、世界で活躍する映画監督、河瀬直美さん(51)だ。昨年10月公開の自身の最新作「朝が来る」が今年の米アカデミー賞日本代表に選ばれるなど高い評価を受ける中、東京五輪公式映画の監督として奔走。「コロナ禍を克服した証しとしての東京五輪の姿を後世に残すとともに、日本人が本来持つ精神性やアイデンティティー(同一性)の大切さを訴えたい」と語る。(岡田敏一)

 東京や大阪などに緊急事態宣言が出され、収束の見通しも立たない。コロナ禍という難題が立ちふさがるなか、「開催を信じ、全身全霊をかけて打ち込まねばならない仕事になった」と使命感が増した。

 高校時代にバスケットボール選手として国体の奈良代表に選ばれた河瀬さん。平成30年10月の映画監督就任会見でこう述べていた。「映画の道に進んで30年。五輪の公式映画監督として再びスポーツと向き合うことになりました。運命を感じます」

 撮影は令和元年7月に東京で行われた「東京五輪1年前セレモニー」からスタート。宮城県東松島市の航空自衛隊松島基地での「聖火到着式」(昨年3月20日)などの節目には必ず自身がカメラを回している。

 開催延期が決まった昨年3月24日から数日間は、東京で取材活動をし、延期にともなって対応に追われる関係者の姿を追った。

 その後は拠点の奈良市に戻り、約4カ月間、リモートで東京の医療関係者を精力的に取材した。「医療の最前線で働く人々にこだわった。今回の五輪は、コロナ禍を克服した証しになると思うので」と、コロナ禍と向き合う五輪のリアルな姿を捉えようと腐心する。

 バッハ会長に密着

 昨年11月、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が来日した際は、自身一人でカメラを回した。「コロナ対策で、宿泊先のホテルでは人とすれ違わないよう動線が一方通行だった。カメラを向けるのがなかなか難しかった」という。

 しかし、バッハ会長のそばにいたことで、人間性に触れる機会にもなった。訪問先の東京都庁で、五輪反対派の激しいデモと遭遇したときのこと。「会長は突然、デモ隊の方に歩き出し、彼らと対話しようとしたのです。英語での呼びかけだったので、残念ながら対話は成立しませんでしたが、彼の東京五輪にかける意気込みに圧倒されました」と振り返る。

 芸術的だった市川作品

 東京五輪・パラリンピック組織委員会によると、五輪の公式記録映画撮影は、1912年のストックホルム(スウェーデン)大会から。その後、世界大戦などで撮影できない大会もあったが、戦後の48年のサンモリッツ(スイス)冬季五輪からは毎回、撮影されている。

 64(昭和39)年の東京五輪では市川崑監督が撮影した。選手の躍動感をスローモーションで強調するなどドキュメンタリーに芸術的要素も盛り込み、翌年の公開時には空前のヒットとなった。

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