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被災者支えたスポーツ店の終幕 鉄の街で「やりきった」「長い間ありがとう」

 【震災10年】最低気温は0度を割り込んでいた。前日、大きな揺れと津波に襲われ、気力も削(そ)がれ、人々は冷え切っていた。そんな被災者に売り物のトレーニングウエアを手渡した-。平成23年3月11日の東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県釜石市で、昭和30年創業の老舗スポーツ用品店が店を畳む。鉄の街の栄枯盛衰を見守ってきた店主は「やれることはやり切った」と話す。(石田征広)

 「時代の流れ。やれることはやり切った。年も年だし」

 中心市街地の甲子(かっし)川にかかる大渡橋のたもとにある「ケンスポーツ」の店主、佐々木健祐さん(84)。こう言い切ったが、表情はちょっぴり曇った。

 昭和30年、両親が戦前から営んできた洋品店の一角で、釣り好きが高じて釣具店を開いた。徐々にスポーツ用品に比重を移し、時代に先駆けて仕入れたブランドのトレーニングウエアがヒットした。

 釜石といえば昭和53~59年度に日本選手権7連覇を成し遂げた「北の鉄人」、新日鉄釜石の拠点として知られた“ラグビーのまち”だ。当時は全国からファンが大勢訪れたという。

 スポーツ用品店なら知っているだろうと、「どこで練習するんですか」と店を訪れる人も多かった。「勤めているから、日中は練習をやっていないの。『4時過ぎないと出てこないよ』って教えてあげたもんだよ」と、当時を思い出す。

 町のスポーツ用品店として親しまれていたが、震災で、店舗兼住宅の1階店舗部分が津波に襲われ、商品は泥にまみれた。

 「これじゃ商売ができない」。意気消沈しながら片付けをしていた震災翌日。若い女性2人に声をかけられた。

 「何もないんです。寒くて、何かないですか」

 着の身着のまま逃げたのか、部屋着にサンダル履きだった。佐々木さんは汚れていないトレーニングウエアと靴を譲った。ただで手渡したウエアは100着以上になった。

 震災後1カ月で店を再開した。メーカーの協力で格安で仕入れた商品を、定価の半額以下で販売した。近隣の大船渡市や宮古市からも客が訪れた。

 「買うところもないし、お互い被災者だし」

 しかし、平成26年、近所に大型スポーツ店を含む大手ショッピングセンターが開業した。製鉄業で栄えた中心市街地は個人経営の店がほとんどだったが、客はショッピングセンターに流れた。30店以上が加盟していた「大渡商店会」も相次ぐ廃業で解散した。

 「スポーツシューズを見せてけれ」

 ある日、来店した親子連れ。試し履きをした後、父親は「わかったか?」と声をかけて、何も買わずに店を去った。現物を試せないネット通販で購入するため、確かめに来ただけだった。時代の変化、寄る年波もあったが、閉店を決める決定打になった。

 「人生に悔いはないよ。釜石が大好きだから」。見回した店内に残る商品は、もうわずか。「長い間ありがとう」。支えてくれた客への感謝をつぶやいた。

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