キャリア

「恒心」忘れた日本人 司馬遼太郎さんが生きていれば

 司馬遼太郎さんが世を去って、はや25年になる。歳月の流れに驚くが、存在感は薄れるどころか大きくなるばかりだ。先ごろ、筆者も執筆に加わった「新聞記者 司馬遼太郎」(文春文庫)の韓国語版が出ると出版社から連絡を受けた。なぜ今ごろ、と不思議だったが、日本人が愛読する司馬さんを理解することで、戦後最悪とされる日韓関係を打開するヒントを求めているのか、と勝手に想像した。(鹿間孝一)

 内外で大きな出来事が起きる度に、司馬さんならどう考えるだろう、何を語るだろうと思う。いつの時代も司馬さんは私たちの道標(みちしるべ)になってくれる。

 司馬さんは亡くなるまで産経新聞に月一回、「風塵抄」というコラムを連載した。絶筆となった平成8年2月12日付の「日本に明日をつくるために」は、土地投機に狂奔したバブルの時代と、その後始末を公的資金でせざるを得なくなった住宅金融専門会社(住専)の問題を取り上げた。

 「土地を無用にさわることがいかに悪であったかを-思想書を持たぬままながら-国民の一人一人が感じねばならない。でなければ、日本国に明日はない」

 こんな直截(ちょくせつ)な表現は珍しいが、よほど腹に据えかねたのだろう。日本人への遺言のようだった。

 単行本になった「風塵抄」(中公文庫)の「あとがき」にこう書く。

 「題の風塵というのは、いうまでもなく世間ということである。風塵抄とは、小間切(こまぎ)れの世間ばなしと解してもらえればありがたい。(略)ただ心掛けとしては、風塵のなかにあっての恒心(こうしん)について書こうとしている」

 恒心とは「常に保持してかえない心」(広辞苑)。道徳心と言ってもいい。現代の日本人は新型コロナウイルスの猛威にあわてふためいて、恒心を失ってしまったのではないか。

 大学入学共通テストを受験した49歳の男がマスク着用について試験監督者の指示に従わず、トイレに立て籠もって逮捕されるというあきれた騒ぎがあった。

 あきれるより憤りを覚えるのは、深夜に銀座のクラブを訪れていた国会議員たちだ。緊急事態宣言で国民に不要不急の外出や多人数の会食の自粛を、飲食店には営業時間の短縮を求めていながら、何という自覚のなさか。

 「ひとびとに恒心がなければ、社会はくずれる」――司馬さんにまた「明日はない」と叱られそうだ。

 【プロフィル】鹿間孝一 しかま・こういち 昭和26年生まれ。社会部遊軍記者が長く、社会部長、編集長、日本工業新聞社専務などを歴任。特別記者兼論説委員として8年7カ月にわたって大阪本社発行夕刊1面コラム「湊町365」(産経ニュースは「浪速風」で掲載)を執筆した。

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