【働き方ラボ】クリエイティブ職に就けず失望? 希望外の配属でも仕事を楽しむコツはある

2019.10.24 07:00

 かつて「クリエイティブ」な世界に憧れ、大手広告代理店を志望していた私が今、ハマっているドラマがある。MBS/TBSでドラマ化されたクリエイターたちの群像劇『左利きのエレン』である。自分の才能の限界を感じつつも夢を追いかける大手広告代理店のデザイナー・朝倉光一と、圧倒的な芸術的才能にめぐまれながらも、天才ゆえの苦悩と孤独を抱えるNY在住アーチスト・山岸エレンを中心に描かれる物語。本作のキャッチコピーは「天才になれなかった全ての人へ」である。クリエイティブな世界で、コンプレックスとプライドの間でもがく青春ドラマである。

 この作品自体が、シンデレラストーリーそのものである。2016年3月から、著者かっぴーによる連載がcakesにてスタート。その後、2017年10月からは『少年ジャンプ+』にて、nifuniの画によるリメイク版が連載されている。話題作となり、今回のドラマ化にいたった。このドラマ公開の時期に合わせて、作品とゆかりのある横浜にて展示会も開催されることになった。作者にとっては、夢のような展開ではないか。

 一物書きとしては、才能の発掘の場がウェブになっていること、新たな才能がどんどんデビューしていることを再確認するとともに、少しだけジェラシーも感じた。ちょうど久々に会う先輩から「お前はどうして、小説を書かないのか?そろそろやりたいことをやれよ」と忠告された後だったからだ。書き手として、ハートに火がついた出来事だった。

 「やりたいことはこれじゃない」と悶々

 この作品の中での、私のお気に入りのキャラクターは、大手広告代理店の営業担当の流川俊である。もともとコピーライター志望だが、営業配属に。配属後も、仕事の合間をぬってコピーライターの修行をすると心に決めていたが、激務のためなかなか進まない。自分が営業として関わった案件がカンヌを受賞するが、そのことを合コンでしゃべったことが社内に広まり、「あれオレ詐欺」とバカにされる…。

 このキャラに私が胸を撃ち抜かれたのは、若い頃の自分にそっくりだからだ。そして、就活でよく見かける、根拠のない自信を持っている、まだ何者でもないのにも関わらず、何かをやりたい衝動がある学生そっくりだからだ。さらには、自分がそうであったように、希望外の配属となり「やりたいことはこれじゃない」と悶々としている若者のようだからだ。

 この作品に私がハマってしまっているのは、自分自身が就活の際に大手広告代理店を志望していたからだった。選考はどんどん進んでいったのだが、急に迷いが生じ、ボロボロの面接になってしまい、落とされた。一応、広い意味ではメディア企業であるリクルート(当時)に入ったのだが、希望外の通信サービスの事業部のしかも営業担当に配属されたのだった。「クリエイティブじゃない」と猛反発し、腐ってしまった。いや、実際は腐る暇もなく、朝から早朝まで働くモーレツ営業に没頭してしまったのだが。

 今思うとかなりの痛い奴だ

 「クリエイティブ」な世界への憧れは強く、『広告批評』(マドラ出版 休刊)などを買いあさり、週末はいかにもクリエイターっぽい格好に身を包んででかけた。電博の社員とは意識的によく会うようにしていた。いつかスカウトされるかもしれないという、今思うと完全に勘違い野郎な妄想を胸に。今思うと、かなりの痛い奴だ。

 その後、自分も年次を重ね、後輩や部下の面倒をみるようになった。やはり同じように「クリエイティブな仕事をしたい」「こんなハズじゃなかった」「自分がいるのはここじゃない」という若者たちと接する機会が増えた。

 一方、私自身は社会人3年目くらいで、すっかりその悩みから抜け出ていた。いかにも「クリエイティブ」だと言われる仕事に就く前に、目の前の仕事をいかに「クリエイティブ」なものにするかを楽しんでいた。いや、いつしか「クリエイティブ」という言葉を使わなくなっていた。なぜなら、全ての仕事は「クリエイティブ」だと思うようになったからだ。この言葉の呪縛から逃れた瞬間、私はやっと社会人になれた気がした。

 リクルーターとして、人事担当者として、大学教員として就活生と接してきたが、この「クリエイティブ」という言葉は、まさに『左利きのエレン』の主人公、デザイナー朝倉光一のような「何者」かになりたい若者が連呼する言葉だと気づいた。要するに普通のサラリーマンや、中でも営業マンにはなりたくないタイプの人たちだ。

 しかし、この手の人たちもいざ本人たちが言う「クリエイティブ」な仕事に就いたときに悩むことだろう。所詮、ビジネスの世界での「クリエイティブ」な仕事、たとえば何らかのかたちで企画や制作に関わる仕事は、諸々の制約のもとで働かなくてはならないからだ。

 読者の中には、自分自身はとっくにこの悩みを克服していても、部下や後輩がこの悩みにぶち当たっている人もいることだろう。私もそのような経験をしている。人事をしている頃には、自分が採用した若者たちが希望外の配属で悩む様子をみていた。私の部下として配属された新人女性社員もそうだった。

 「必ず君を、事業部長たちから引っ張りだこになる社員に育てるから」

 そう言って、無茶振りの案件も含め、彼女には分不相応な大きな仕事をふり、一生懸命に育てた。自分自身もそうだったが、大きな仕事と取り組むことが人を育てると信じていたからだ。彼女自身、十分にこなしていると思い、どんどん仕事をふった。

 部下から「仕事を教わったことがない」

 ある日、彼女の母校に採用イベントで行った際に、こう相談された。「私はちゃんと仕事を教わったことがない」と。やや愕然としつつ、反省した。十分に仕事をこなしていると思ったので、任せっぱなしにしていたのだ。急遽、イベントのリハーサルをつきっきりで行った。

 もともとの才能と、何より自身の努力もあり、彼女はその後、希望通りの異動をかなえた。嬉しかった。

 すっかりこの「クリエイティブ」という言葉の呪縛から逃れたと思っていたが、『左利きのエレン』を読んでいて、自分が憧れていても行けなかった世界に対して久々にジェラシーを感じた。しかし、お陰様であの頃思い描いていたものとは違うものの、当時、憧れていた「クリエイティブ」な仕事には関わることができているように思う。

 というわけで、配属などを含め、やりたいことと現実のギャップは常にあるものだ。ただ、ここで「やりたいこと」をやるのではなく、「やりたいよう」にやること、嫌な仕事の中に、好きになれる要素を探すこと、創ることが社会と会社を楽しむコツなのだと思う。自分自身、久々に若い頃のことを思い出す作品だった。ドラマの盛り上がりに期待したい。

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常見陽平(つねみ・ようへい)

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千葉商科大学国際教養学部専任講師
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長

北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

【働き方ラボ】は働き方評論家の常見陽平さんが「仕事・キャリア」をテーマに、上昇志向のビジネスパーソンが今の時代を生き抜くために必要な知識やテクニックを紹介する連載コラムです。更新は原則隔週木曜日。アーカイブはこちら

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