【ミラノの創作系男子たち】「境界」を自らの智恵で超える デザインの専門家は生き方の“創作系”

2020.2.12 07:00

 「クリエイティブという言葉は好きじゃない。空虚だ」と話すのはアレッサンドロ・ビアモンティだ。ミラノ工科大学でデザインを担当する教授である。ロンドン市内、2人でバスを待ちながら、道の反対側にある停留所で待っている人たちの姿を眺めていたときの彼のセリフだ。「ロンドンって、クリエイティビティという観点でミラノと比べてどうかな?」とのぼくの質問へのコメントだった。

 「クリエイティブだけじゃない。エッセンスなんかも危うい。それこそデザインという言葉もいい様に使われ過ぎている。言葉を使うには繊細な神経が必要だ」とデザインを教える人間が話す。勢いだけで言葉を振り回すことを諫める。そしてロンドンについて触れる。

 「正直に言うならば、10年くらい前までのロンドンはとても魅力的だったが、今はミラノの方が良い」と説明を加える。「ぼくは成長している街が好きだ。10年前までのロンドンには成長があった。今は横ばい。対してこの数年、ミラノは伸びている」と語るのだ。

 言うまでもないが、ヨーロッパで「クリエイティブ」な世界に生きている人たちは、各国の都市の変化に殊の外敏感である。しかし、アレッサンドロが故郷を離れてミラノに住み始めたのは別の理由だ。

 彼は地中海に接するリグーリア州ヴェンティミリアの出身だ。フランスと国境を接している街である(ぼくは大学生の時に初めて、滞在先のフランスのコートダジュールからこの街に行った。「なんて寂しい街なんだ!」と即踵を返した)。その彼がミラノの工科大学を進学先として選んだのは、高校生の時に付き合っていた彼女がミラノの大学で文学を学んだからだ。

 同じ高校の同級生だったわけではない。彼女はミラノに住んでいて、毎夏、バカンスのためにリグーリアにやってきていたのだ。その彼女と夏の間だけでなく時を多く過ごすために、「尻を追った」わけである。

 もともと勉強はできたが、技師である父親は大学への進学を息子に勧めていたわけではない。アレッサンドロは地元で車の修理工になろうと思っていた。女性がきっかけで人生が変わったのである(およそ7年間、つきあいは続いたらしい)。

 自分のやりたいように道を突き進むエピソードには事欠かない。ミラノ工科大学で建築を学び、卒業するには論文の提出が必要である。しかし、彼は卒論を書かずに卒業した。学部で初めてのことだった。模型だけを作り、それを使って口頭である理論を説明し、最高点をとった。 

 秀才タイプの生き方とはあまりに程遠い。

 1990年代、まだ徴兵制度があった時代、卒業後に海軍の徴兵の通知を受けた。だが、彼は海まで歩いて5分のところに家がありながら、金づちである(テニスやスキーは好きなスポーツマンであるにもかかわらず!)。泳げない人間が海軍だなんてあり得ない。

 そこで、海外で働くことで徴兵を回避できると知ったアレッサンドロは、国からの罰則を心配する父親を説得するべく弁護士を雇い、父親の合意を得たうえでスペインのバレンシアに向かった。

 カメラマンの助手、雑貨を売り歩く、不動産営業となんでもやって生き抜いた。こうした3年間の経験を経てミラノに戻った彼は、さまざまな職場を渡り歩きながら、博士課程で勉学を続けてPh.Dを取ったのである。そして2008年、37歳の時に大学の教員になった。

 デザインの専門家だが医学の学会にも出席し発表もする。アルツハイマーに侵された患者たちのための施設を研究し続けるアレッサンドロは、まったく土地勘のない学会にも果敢に挑戦し、そこで医学研究者たちを仲間にひき込んできた。

 フランスとの国境の街に育った彼は、「境界の存在」で自分の活動範囲が規定されるのがとてつもなく嫌いだ。「境界」を自らの智恵で超えられると気づいた思春期以降、とにかく前進することに全エネルギーを注いできた。

 (だから前進を止めたように見える今のロンドンが気に入らないに違いない)

 一方、私生活で彼の表情は一変する。家庭や週末の生活をとても大事にし、アーティストでもある奥さんには「あなたは昼間、自分の好きな仕事をやっているのだから、夕方以降は家庭のことを大事にするように」と言われているらしい。

 即ち、彼の「やりたいようにやる」は、息子・娘のいる家族に犠牲を強いているわけではない。愛情をたっぷりと注ぐことが、彼の「やりたいこと」なのだ。時に彼自身を抑え込んだ父親の姿も思い出すのだろう。

 80歳になる手前で亡くなった父親は、寸前まで庭仕事のために木に登るような人だった。ロンドンのパブでぼくと酒を飲みながら「いつまでも若く、というのは肯定的に捉えられることが多いが、人はある時点で老いることも受け入れないといけない。父親を反面教師としてそのことを学んだ」と彼は語った。

 ぼくたちは、人の自然な姿に従うのが一番なのだ。そうしてぼくたちは乾杯した。

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安西洋之(あんざい・ひろゆき)

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モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
Twitter:@anzaih
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【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。

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