【ブランドウォッチング】世界のお茶専門店「ルピシア」 在宅の生活者と企業がつながる時代、本社ニセコ移転で勝負

2021.1.12 06:00

 新型コロナ流行はビジネスの世界にも大きな影響を与え、一都三県は二度目の緊急事態宣言で深刻度の違いはありながらも影響を受けない業界はほとんどないに違いありません。それにしても、せめてそんな困難からも前向きな何かをつかみたいというのもまた人情です。

 そう考えると、半ば余儀なく始まった在宅勤務ですが、始めてみればメリットも少なからずあることに気づかされます。身支度や通勤時間がかからないことはやはり大いに一日の生産性向上に寄与してくれているように感じますし、すでに自宅からのオンライン会議の情景も目に慣れました。ビジネスカジュアルなどとことさら意識しなくともお互い様のリラックスした服装でパソコンに向き合える状況は、それはそれでストレス少なく仕事に向き合えます。

 副産物としては、学校から帰った子供の姿を目にする機会が増えたことでしょうか。オンライン会議で発言中に限っての「ただいまー」の大きな声に少々弱りながらも、逆に言えば育ち盛りの子供のそんな姿をほとんど見ていなかったことに気づかされハッともしています。

在宅だからこそ感じる「お茶」のリフレッシュ効果

 そんな在宅勤務の日々が長期化するにつれ、より生産的に一日を過ごす上で、ちょっとしたコツが必要なことに気づきます。特に一人で朝から仕事をしていると、集中できることは良いことでもありますが、気づかないうちに長時間同じ姿勢で体も固まり、気分も煮詰まってしまうのです。

 そんな状況には、やはりお茶やコーヒーでの一服が効果的だと再認識させられます。英語でrefreshmentと言うでしょうか、まさに心身をリフレッシュさせてくれる効果を実感できる瞬間でもあります。もちろん、街場のカフェを見てもそんな束の間の気分転換を求める仕事中の方を多く見かけます。でも究極的には在宅のメリットでどこにも外出しないまま、自宅で珈琲、お茶を入れて気分転換を図るという方法も捨てがたいのです。

 さて、そうなるとがぜん凝りたくなるのもまた因果で、最近高価な家庭用エスプレッソマシンなども店頭をにぎわせていたりもしますし、ジワジワと例えば紅茶などのお茶も見直されているように感じます。

 考えてみると、紅茶というものもよほど真価を軽視されてきたものではないかと思います。ありがたいことに、高度に発達した現代の消費社会は、紅茶をかなり身近にしてくれています。コンビニでもスーパーマーケットでもどこでもティーバッグをリーズナブルに購入できますし、ファミリーレストランに行けば色々なフレーバーを数百円のドリンクバーで楽しめさえします。

 でも、紅茶の歴史を振り返れば、インドやスリランカの英植民地から希少なものとして輸入された西洋文明にとってのエキゾチシズムの文脈もあり、きっと奥深い文化が存在するに違いないのです。今まで、日々の忙しさやあまりにも身近なものであったこともあり、そんな部分にあまり注目してこなかったのもまた実感ではないでしょうか。

「お茶」の魅力を、再定義

 そんな中で「世界のお茶専門店」を標榜し、多様な茶葉やティーバッグなどを販売するルピシアがなかなか時勢に合ったユニークなブランドポジショニングを提供しているように思い注目しています。

 まず驚かされるのが、お茶の種類の豊富さです。紅茶を中心に、緑茶、中国茶など確かにお茶と定義されるアイテムを網羅してくれているだけなく、メインの紅茶で言えば数十種類の品種やフレーバー違いの商品が用意されているのです。

 ショッピングモールなどに展開されるルピシアの店舗では、それらのお茶がすべて茶葉の色や形状、香りを試せるかたちでディスプレイされており、選択する楽しみをプレゼンテーションしてくれています。

 シーズンごとの茶葉やフレーバーの訴求にも力が入っていて、リピーターをも飽きさせない工夫も随所に感じられます。

 特に特徴的なのが、通販事業に非常に力を入れていることで、店頭で商品を購入するなどして会員に登録すると「ルピシアだより」というお茶の情報誌を毎月自宅に届けてくれるのです。この冊子が、お茶をテーマにした情報満載の興味をそそる作りになっていて、次はこんなお茶、茶葉を試してみたいという良きガイドになっています。

 さらに楽しいおまけとして、「ルピシアだより」には毎号「ティーバッグ」と「リーフティー」のサンプルがそれぞれ一つついていて、実際にオススメのお茶を試せることも小さなエンターテイメントです。

 今までもこだわりのお茶を提供してくれるお店やティールームは存在しましたが、非常に高価だったり、限られた繁華街にしかお店がなく、一般的ではなかったように思います。ある程度リーズナブルな価格帯で、その製品の文化までさかのぼって、多様な商品を提供してくれるという点で、「ルピシア」はありそうでなかった存在ですし、「お茶」という身近な商品に新しい光をあてたことでもさらにユニークな存在です。 

あえてニセコへの本社移転は、ブランディング面でも戦略的

 ブランドのプレゼンテーションは堅実だと思います。

 ラクダとそれをひく人は、シルクロードのイメージなのでしょうか、ルピシアという日本離れしたネーミングを含めて、お茶の歴史や文化のエキゾチシズムを感じさせることに貢献しています。

 でも、このブランドが好感を持たれる部分としては、種類の非常に多いアイテムのパッケージ一点一点の丁寧な作り込みや、お店作り、通販サイトの情報提供の仕方など、奇をてらわずにかわいらしさや丁寧さを感じさせてくれる部分であるような気がします。売らんかなではなく、真っ当に良いと思うモノを提供しようという姿勢が感じられるブランドパーソナリティは、会員制を前提にリピーターを大事にしようという方向性にふさわしいものです。

 ブランドの世界観と言えば、ルピシアは本社を昨年末、東京の代官山から北海道ニセコに移したことでも話題となりました。通販購入を含めて在宅勤務などで飲んでもらおうというルピシア自身の提案に、自社がリモートワークを前提に地方に移転することは非常に説得力のある取り組みだと思いました。もちろん、ニセコという外国人富裕層にも注目されるリゾートのステータス感や自然に恵まれた本質的なラグジュアリーさも、ブランドの世界観を拡げることに貢献するに違いありません。

 従来で言えば、何はなくとも人の集まる各地域の目抜き通りに看板となる路面店を構えることが、ブランドのアピールとなる時代でした。でも人々の行動や意識は良くも悪くも今回の新型コロナウイルス流行を機に大きく変容もしくは従来あったムーブメントが加速させました。

 消費財を提供する企業にとっても、本社所在地のあり方、リアル店舗もさることながら在宅の比重が高まった生活者とどうコミュニケーションを図るか、根本的な戦略の再構築を図る必要が生まれています。

 当たり前に人が集まることが前提でなくなり、自宅で働いたり遊んだりする生活者と企業がつながっていく時代に、派手さはなくとも着々と実のある関係性を深めていくルピシアのブランディング。多くの企業にとって、示唆多き部分があるように思います。

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秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)

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ブランドプロデューサー

大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら

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