【ブランドウォッチング】“マスなき時代”の共通体験価値 「一蘭」カップ麺人気を考える

2021.3.9 06:00

 初対面の方と少々重ための会議をする際など、冒頭天気の話など当たり障りない話を少しするだけでそのあとの空気が驚くほど軽くなり、無用なギスギスを感じることなく話をすすめられたというような経験はビジネスマンなら多くの方が感じたことがあるのではないでしょうか。

 アイスブレイクとも呼ぶでしょうか、一方そんなささいな方法論ひとつにさえ最近は全く省くべきという意見もあったりするので物事単純にはいきませんが、とにかくそんな場合の話題が政治、宗教など機微に触れるものであってはならないということだけは確かなようです。

 実はお互いの関心が重なりやすくて、邪気のない話題の筆頭がラーメン話だったりします。もちろん人間である限り食に興味がない人はそうはいないはず。でも、今流行の7万円超え接待の自慢話では相手を白けさせるに決まっています。そんな時、有名ラーメン店の話題は存外に共感を得やすくそれが結構な地方都市の小さなお店のお話だったとしても何かの折にお互い立ち寄っていたりで往々盛り上がります。

■20年以上の開発期間を経て商品化の鳴り物入り

 博多発祥“一蘭”のカップラーメン「一蘭 とんこつ」が、一蘭各店やローソン、ドン・キホーテで発売以降、大人気ゆえの売り切れでネットを騒然とさせています。一方でかろうじて入手した好事家の食レポが続々アップされ、さらに関心を誘っています。少なくともコンビニエンスストアで販売している商品としてここまでの入手困難は極めて異例に感じますし、アマゾンなどでは1000円で出品している業者もいるほどですから、市場の欠乏感が察せられるというものです。

 確かにこれだけ話題になれば、少なくとも“一蘭”のブランディングとしては大成功かもしれません。20年以上の開発期間というこだわり感や、スープや麺の味をストレートに味わって欲しいということで具材がない潔さにもかかわらずの490円(税込)という価格設定は、身近さも過ぎればブランドの陳腐化につながりかねないギリギリのライン内側、絶妙なコースを狙ってきた感じがします。

 一蘭は元々、博多の屋台が発祥の生粋の博多豚骨ラーメンで今や全国にチェーン展開しています。あまたあるラーメン店の中で、全国区になったのは味集中カウンターなどユニークなお店づくり。照明が落としてあって、色味を落とした店内の道場のような静けさと緊張感。明るく開放的なお店作りという飲食店定石の真逆をいくユニークさと、こだわりの味を多くの生活者が支持したからでしょう。

■「490円」のエンターテインメント性

 さて、そんな好奇心を刺激する要素の満載さに抗しきれず必死の調達をして手に入れた貴重な“一蘭 とんこつ”を試食してみることとしました。

 まず、あらためてパッケージデザインを見ると、まさに一蘭のラーメンどんぶりそのままに例の強烈な一蘭ロゴがドーンと乗っかっています。まさに生活者が一蘭に期待しているものはこの粗削りなインパクトに違いありません。製造所にエースコックの表示がありますので、カップ麺化するにあたって協業したのでしょう。

 さて、“秘伝のたれ”などが入った小袋3包を取り出しいよいよお湯を入れます。なぜかそんな調理ともいえないひと手間が、グッと共犯感を高めるので不思議です。なんでもマジック成功のテクニックのひとつに、全部をマジシャンがやらないで観客がどこかで関与するというものがあるそうですが、まさにお湯を入れただけなのにもはやこの一杯は紛れもなく私の“一蘭”です。考えてみると、一蘭はスープの濃さ、麺の固さなど紙に書いて申告させるオーダーシステムの元祖ということですが、お客さんを心理的に巻き込む手法も大したものだなと、あらためて思いを致しました。

 さて、麺バリカタまではいかないけれどカタめの3分(推奨4分)で箸入れしてみます。お店でのおすすめの食べ方を思い出し、まずは一蘭独自の中心に赤く輝く“秘伝のたれ”を避け周辺からスープを味わいます。確かに、これは一蘭のラーメンだ。最近のコラボ系カップラーメンはどれも再現度が高いですが、さすが20年以上こだわって開発しただけのことはある完成度のような気がします。そうこうするうちに“秘伝のたれ”を少し溶かしつつ麺を食べると。オオッ、あの独特のコシが再現されているような気がします。

 何より、“一蘭”のお店に行くとオーダーシステムがあることを良いことにアレンジ多めのオーダーをしてしまうのも“一蘭”あるあるですが、なるほどこれがお店の食べて欲しかった黄金比なんだと得心した次第です。

 ここまで一連のエンターテインメント性高い食体験と、恐らくこれからことあるごとに話のネタにして盛り上がることを考えれば本当に安いレジャーです。

■コンビニ流通が今や希少なマスメディアへと情報化する時代

 自分自身が感じた楽しさ、ネット上の盛り上がりを含めてしみじみ感じるのが、やはり体験価値に基づくブランディングの重要性です。特に、より多くの人と共有できる体験の価値の高さです。

 年中色々な研究組織から発表される未来予測は、ピンとくるものもあればこないものも多数、ましてそのビジョンがピッタリ当たることは稀なわけですが、1985年博報堂生活総合研究所が発表した「分衆の時代」という予測はまさにその後の長期生活者トレンドを明確に言い当てた歴史的予測だったと感じます。

 もちろん「マス」、「大衆」の時代から、個々人の価値観が多様化し「分衆」へと移行する過程は生活者意識の変化にこそあるわけですが、ネット時代が本格化しメディア環境が劇的に多様化した近年こそまさに本番到来という気がしています。有り体に言えば、一昔前はみんなが同じテレビ番組、新聞紙面を見て、同じ広告を見ていました。

 でも時代はまったく変わり、今やテレビさえほとんど見ない人とて少なからず存在する時代となり、もはやマスメディアを通じての共通体験が成立しにくい、マスなき時代と言えるところまできたように思います。最近よく耳にする「分断」という事象も情報接触の分散化がその背景にあるのです。

 そんな時代だからこそ、逆に今や国民食とも言える「ラーメン」は多くの人それぞれの体験やこだわりと同時に共通体験を投影する対象として、その存在感が際立ちます。

 例えばセブンイレブンでもはや人気が定番化した「蒙古タンメン中本」なども、そのユニーク過ぎるオリジナリティが一つのマスコンテンツのように情報化したブランドを確立しています。

 どんな小さな地方の個人店であってもコンビニ流通で全国区の評判をとればロイヤリティ収入も全国的知名度も期待できる夢のある時代、一方で、それはお店の味に少しでも失望感があれば、「こんなものか」と全国区で評価されてしまうブランド陳腐化と背中合わせの怖い時代とも言えるかもしれません。

 それにしても、大企業、大メーカーの外側から名乗りを上げるツワモノは増えていくに違いなく、生活者参加型のエンタメ性あふれる一番勝負を今後も楽しみにしたいと思います。

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秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)

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ブランドプロデューサー

大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら

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