【ローカリゼーションマップ】バイアスを自覚できるか? ミラノの王宮で開催、1500~1600年代の女性画家展から受けた影響

2021.8.20 06:00

 ミラノの王宮で開催されている美術展覧会に出かけた。1500-1600年代の女性画家の作品展だ。あの時代の画家といえば男性。相場がそう決まっていると思っていたのは無知のためだった。人々がこの事実に気づきはじめたのは、この数十年のことである。

 男性画家の奥さんや貴族の家庭の娘など、あの当時であっても、女性が描く側にまわる機会はあったのである。例えば、娘たちは、音楽、舞踏、文学といった領域と並び絵を描くことが教養の一つだった。あるいは修道女も絵を描いていた。

 今回、130点以上の作品を眺めながら思った。仮にこの展覧会のタイトルに「女性」が謳われておらず、作家名も隠されていたら、これらの絵画を女性の手によるものであると認識したであろうか、と。

 女性の作品だと知っているから、男性とは違う女性らしい描き方だと思ってしまう自分がいる。あるいは、女性は男性がこれより100-200年後に描いた絵の先をいったのではないかと思ってしまう。以下はエリザベッタ・シラーニの1663年の作品だ。

 ぼくは美術史の素人で同時代の男性画家と比較して語れないのだが、「あれっ、こういうのが1600年代の半ばにあったのだ」と瞬時に思った。

 エリザベッタ・マルキオーニの17世紀末の以下の作品にみるように、こんなに花に囲まれた宗教的テーマの絵が、男性画家による作品であるのだろうかとも思った。

 ぼくは、他をよく知らない。早とちりをしたかもしれない。先入観によるのか。疑い出すと殆どきりがない。

 ぼくが次に何を思ったのかと言えば、全体の構成や人物の身体の表現については男性画家との差異が見られないが、描かれた女性の目の表情に違いがあるのではないか、ということだ。

 そのうちに、このように展覧会の趣旨にあわせ、絵画の印象や解釈が左右させられるのが愚かであると思ってくる。だから先述したように、展覧会のタイトルや作家名が分からない場合、ぼくはこれらの絵画をどう見るのだろうか、と思ったわけだ。

 しかしながら、この展覧会を見たいとぼく自身が思ったのは、まさしく1500-1600年代の女性画家の作品が見たいからだった。自分が馴染みある風景の隣や裏にある様子を知りたかったのだ。

 だから、「これは皆さんがあまり知らないものですよ」との誘いにのるのは、「何か、違った表現があるに違いない」という目で作品をみるとの罠に自ら嵌りにいくことになる。

 いったい、どうすればバイアスのあまりかからない見方ができるのだろうと思う。まったくバイアスがないという真空状態のような目なんてありようがないので、どんなバイアスに嵌っているかを自覚できればとは願うのである。

 更にいえば、そのバイアスのありかを自ら認識できるのが専門家であろうか。16-17世紀の西洋美術史の専門家であれば、バイアスを具体的に指摘してくれるに違いない。

 ただ、専門家の解説がないと絵画を楽しめないか。そんなはずはない。

 美術の展覧会で作品を眺め、解説を読みながら考えるべきことは多い。いうならば、「ああだ、こうだと」と頭のなかのさまざまな回路を使うこと自体が楽しい。

 普段、使わない回路のありかに気づき、しかしそれがまだ自分には使える状態になっていないと知り、それをどう使いこなせるようにするか思案をはじめるのにワクワクするのだ。ちょうどよく知らない外国の地に降り立ち、普段ならまったくつまらないことに神経が昂ったりする、あれだ。

 そういう観点からすれば、どんな展覧会であっても面白い。つまらない展覧会など一つもない…と豪語したくなるくらいだ。しかし、「これは理論的には正しいが…」という但し書きが必要だ。

 「なぜ、この展覧会がつまらないか?」とのテーマも知的好奇心を誘うが、あまりに凝り過ぎると、単に「つまらない」と告白するのが嫌なためだけに屁理屈を言いかねない。あまりスマートではない。

 だから、つまらないと思ったら、会場から足早に離れればいいだけの話だ。

 それにしても、ミラノの王宮で開催されている展覧会は、まだはっきりと言葉に表現できないが、少なくともこのコラムのネタにはなるほどに、ぼくは影響をうけた(笑)。隣でやっていた展覧会も近々見に行こう。

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安西洋之(あんざい・ひろゆき)

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モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ローカリゼーションマップとは?
異文化市場を短期間で理解すると共に、コンテクストの構築にも貢献するアプローチ。

【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。

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