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【論風】秒読みに入ったヤンゴン証券取引所 大和総研副理事長・川村雄介

ニュースカテゴリ:政策・市況の海外情勢

【論風】秒読みに入ったヤンゴン証券取引所 大和総研副理事長・川村雄介

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 ■日本全面支援、AECの星に

 3月の首都ネピドーは灼熱(しゃくねつ)の暑さと言ってよい。ただ、同じミャンマーでもヤンゴンの多湿さに比べるとまだしのぎやすいかもしれない。

 外気の熱波をよそに、近代的な官庁ビルの大臣応接室は心地よくエアコンが効いていた。大臣は日本からのゲストを丁重に迎え、にこやかにかつ断固として言い切った。

 「ミャンマー発展のために証券市場の充実が不可欠です。わが政府は全力で辛抱強く取り組んでいきます」。陪席の副大臣も深くうなずく。いよいよ今年中にヤンゴン証券取引所がオープンする運びになってきたのである。

 中国の成長に陰りがみえ、新たな成長のフロンティアは東南アジアに移ってきたといわれる。ここ数年はその中でも東南アジア諸国連合(ASEAN)の後発3カ国、カンボジア、ラオス、ミャンマーへの視線が熱い。これらの国々に対しては、中国が長く浅からぬ交流を維持しているが、最近では欧米からの関心も高い。総じて対日関係が良好なので、無論、日本は官民挙げて力を入れている。

 ◆先行2カ国は苦慮

 国の経済成長には実体経済の発展とともに金融システムの充実が非常に重要である。とくにリスクもあるがリターンも高く見込まれるエクイティ性の資金調達と運用の場の意義が大きい。

 「社会主義市場経済」という不可解なスローガンの下で世界第2位の経済大国にのし上がった中国は、1990年以降、証券取引所を中心にしたエクイティ市場の育成に取り組んできた。経済成長にとって証券取引所の存在が鍵となることは、歴史的にも国際的にも証明された公理だといえる。

 ASEAN後発国では、まずカンボジアが2000年前後にアジア開発銀行(ADB)と共同で資本市場育成計画を策定し、07年に証券取引委員会を組織化、10年には証券取引所を開設した。取引所は韓国との合弁である。現在、取引所の会員証券会社が11社登録されているが、上場会社は2社にとどまっている。

 ラオスでも06年以降の経済発展計画で資本市場について言及され、10年には証券取引所が開設された。これもラオス政府51%、韓国取引所49%の合弁会社である。登録証券会社は3社、上場会社は4社である。

 カンボジア、ラオスともに国民一般はもちろん、関係者の間ですら資本市場に関する知識は不十分だといわれる。「器」は作ったものの、その稼働に苦慮しているのが現実のようだ。

 ◆取り組み10年近く先行

 実は後発3カ国の中では、ミャンマーの証券市場への取り組みが一番早かった。1994年にはミャンマー政府が大和総研と証券市場育成支援の基本合意を締結している。他の2国に比べて10年近く先行していた。その後の国内銀行危機や欧米からの経済制裁という逆風の中でも、資本市場創設への動きは止まることがなかった。

 2008年にミャンマー政府が資本市場開発ロードマップを公表すると、証券取引所の開設が具体的目標として見えてきた。12年には大和総研と東京証券取引所がミャンマー中央銀行と取引所設立支援の基本合意を結び、14年には証券取引委員会を設立、15年に入ると証券会社の免許基準の交付など、いよいよ実務レベルの整備が進められている。本年秋までの取引所開設へのカウントダウンが始まったのである。

 日本のミャンマー資本市場育成支援の特徴は、官民挙げた「オールジャパン」体制で臨んでいることである。大和証券グループは、東京のミャンマー室と現地が日常的に緊密に連絡を取り合いながら全社的取り組みを推進、東証は豊富な内外の経験知を積極的に供与、そして金融庁など日本政府は法令や監督組織などの創設に関して、熱心に踏み込んだ協力を進めている。

 今年はASEAN経済共同体(AEC)創設の年。ヤンゴン取引所にその星になってもらいたいと願っている。

                   ◇

【プロフィル】川村雄介

 かわむら・ゆうすけ 東大法卒、1977年大和証券入社。2000年から長崎大教授、12年4月から現職。財政制度等審議会委員、企業会計審議会委員。60歳。神奈川県出身。

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