職場でのいじめや嫌がらせの被害を訴える相談が近年、急増している。背景には、無視や陰口に代表される「モラルハラスメント(モラハラ)」の認識の広がりもあるとされる。フィギュアスケート元五輪代表の織田信成氏(32)をめぐる訴訟でも注目を集めるモラハラ。だが行為に法的な定義がなく、意識の高まりに対し対策の遅れも指摘されている。
涙の会見
「大学に恩返しをしたいという気持ちで監督を引き受けました。でもリンクへ向かうと動悸(どうき))が…」
織田氏が11月に開いた記者会見。かつて氷上で見せていた笑顔はなく、時折涙を浮かべながら法的手段に踏み切った経緯を話した。
訴状によると、織田氏は平成29年4月に母校の関西大アイススケート部監督に就任。このころから同部の浜田美栄コーチに無視されたり陰口を言われたりするようになったと主張する。織田氏は心身に不調をきたし、監督を辞任せざるを得なかったとして、浜田氏に1100万円の損害賠償を求める訴えを起こした。
浜田氏はこれまでコメントを出しておらず、12月下旬に行われる第1回口頭弁論で主張が明らかになる見通しだ。
法的な定義なく
厚生労働省によると、30年度に寄せられた労働紛争の相談のうち、「いじめや嫌がらせ」は過去最多の約8万2800件に上った。21年度と比べ2・3倍に増加。統計には同僚間のいじめや嫌がらせも含まれ、担当者は「被害自体が増えたというよりは、ハラスメントの認識が広まり、『自分がされていることも該当するのでは』といった相談が増えている」と分析する。
一般的に、職場でのモラハラは立場に関係なく、コミュニケーションを拒否して孤立させたり、言葉や態度で尊厳や心身を傷つけたりする精神的な暴力が該当。相手の雇用を危険にさらす行為を指すとされる。
ただ、セクハラが男女雇用機会均等法、パワハラは改正労働施策総合推進法(令和2年度施行)でそれぞれ行為が定義され、企業への防止策の義務付けなどが盛り込まれているのに対し、モラハラを法的に定めたものや罰則はないのが現状だ。