講師のホンネ

フィードバックと感情 相手を無視して伝えると取り返しのできない事態に

 仕事でも日常生活においても、私たちは常に人とのやりとりを行っている。最近職場でよく使われるようになった言葉にフィードバックというものがある。相手の成長のために「反応・意見・評価」を伝えることを言う。(小林久美)

 ポジティブなことは比較的言いやすいが、ネガティブなことを伝える時は、やりたくないなという気持ちから放置してまずいことになったという体験を持つ人もいるのではないだろうか。

 まだ私が勤め人だった30代半ばのこと。初めて一人の部下をつけてもらったときの緊張とうれしさは今でも覚えている。

 毎日張りきって仕事の指導をし、二人の関係性をつくるためにランチに誘った。半年近くがたっていよいよ評価をするときがきた。自分なりに良い面と改善してほしい面を率直に伝えたところ、「よく分かりました」と笑顔で言ってもらえてホッとひと息。その1週間後、クライアント相手に準備に準備を重ねてきた仕事の仕上げをするという日、彼女の机に行くと、なんと机はきれいに片付けられ、私物もなく、オフィスの鍵がポンと置かれていたのだった。

 裏切られ感と憤怒で頭に血が上り、手にしていたファイルをどこかにたたきつけたのを覚えている。あのときはただただ彼女の無責任さをののしるばかりだったが、果たして自分のやり方はどうだったのか。「あなたの成長のため」と言いつつ、上司の勇み足からネガティブコメントの羅列を受け止める彼女の気持ちへの配慮・尊重はほとんどなかったように思う。

 もう一度彼女と話せるなら、「こんなことがあった。そして結果はこうだった」と具体的な事実を伝え、「ここまで聞いてどう思うか。どのように感じるか」と相手の気持ちを確認し、「もしやり直せるとしたら、どうしたら良いか」と改善策を考えてもらうことだろう。

 こちらの考えを強く押し込むのは、手っ取り早い満足感がある。しかし、本人の内省を促すことで「この件については、改善の余地があった。今度はこうするようにする」と、自ら気付くことこそ本当の成長につながる。伝えると伝わるは違う。相手の感情を無視して伝えると、取り返しのできない事態に発展することもある。肝に銘じたい。

【プロフィル】小林久美 こばやし・くみ 1965年京都府生まれ。米ビズ・コミュニケーションズ(現ビズ・メディア)で人事部長を歴任するなど約15年の在米生活を経て帰国。現在は、国内で経営層のコーチや企業研修の講師として活動中。クライアントに寄り添うコーチングスタイルに定評がある。国際コーチング連盟・マスター認定コーチ。

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